第二次カラヤ村防衛戦(一)

「ただいま戻りました」

「おう、帰ったか。そこに座ってくれ」


 アメリアさん、クリアちゃんと沐浴もくよく場から帰った私は、自宅での作戦会議に参加することになった。


 無事カラヤ村の自宅に帰ったのが半日前。この家で生活したことはまだ三十日ほどしかないのに、軍学校ではその十倍の時間を過ごしたことになる。

 また家族として迎えてもらえるだろうか・・・・・・という不安は、すぐに消えて無くなった。村に着くなりシエロ君とクリアちゃんが「おねえちゃん、おかえり!」と飛びついてくれたから。

 ロット君が「俺は・・・・・・?」とふてくされ、カミーユ君が笑いだして、里帰りの旅はひとまず終わった。


 沐浴もくよく場では、一年ぶりに会ったアメリアさん・・・・・・お母さんは私の体を見て「少し肉付きが良くなった」と言い、クリアちゃんは「おっぱいおおきくなったね!」と直接的な表現で言い表した。

 シエロ君は「おねえちゃんといっしょにおふろ行く!」と強硬に言い張ったのだが、しまいにはカイルさんに軽く拳骨げんこつを落とされて諦めた。聞けば七歳になった日から女性の日に沐浴もくよく場に連れて行くのをやめたらしい。




 濡れた髪を布で巻いた私が席に着くと、会議が再開された。村の自警団長を務めるカイルさん・・・・・・お父さんをロット君、私、カミーユ君が囲む形で座る。


「で、だ。我々自警団は軍の要望に従うしかないし、昨年以上の戦力を村に残さねばならん。お前達三人で独自に動いてもらうしかないぞ」

「大筋の事情はわかりました。いくつかお尋ねしたい事があります」


 カミーユ君が机の上で両手を組み合わせて口を開く。彼をカラヤ村に連れて来たのはこのためだ。


 昨年この村は小鬼ゴブリンと呼ばれる下級妖魔の襲撃に遭い、危うく大きな被害を出すところだった。彼にその話をすると思うところがあったようで、自ら協力を申し出てくれたのだ。軍学校の模擬戦シミュレートで優勝するほどの頭脳が加わるとは願ってもない。


小鬼ゴブリン退治ならアカイア市の冒険者ギルドに依頼を出す程度の案件だと思いますが、わざわざ正規軍が派遣される事情を教えてください」

「近年、奴らの数が増えていてな。多い年で五十匹ほどにもなる。よほど手慣れた者でもなければ返り討ちに遭ってしまうんだ」

「だとしても五組から六組、三十人もいれば十分でしょう。正規軍五十人とはあまりに過剰に思えます」

「数年前まではそうしていたんだ。だがある年、数匹を狩っただけで帰ってしまった奴らがいてな。残った小鬼ゴブリンに報復されて大きな被害が出てしまった。それから中央軍のアカイア駐留部隊に陳情するようになったんだ」


 カミーユ君は机の上の両手をそのままに、両目をつむった。視覚からの余計な情報を遮断したように見える。


「軍の滞在費などは村で負担していますか?」

「いや、事が終わってから謝礼を出すだけだ」

「そのお金はどこから出ていますか?額はいかほどです?」

「私は単なる自警団長だ。知らんこともあるし、答えられんこともある」

「出過ぎたことを聞いて申し訳ありません、では最後にもう一つだけ。村の近くに小鬼ゴブリンの巣が二つあり、毎年片方ずつ討伐するとの事でしたが、そのあたりの事情が絡んでいますか?」

「それは『答えられんこと』だ。すまんな」


 カイルさんは苦笑して、だが君の想像通りだと思うぞ、と付け加えた。


「いえ、それだけ分かれば十分です」


 私はカミーユ君と視線を合わせてうなずいた。昨年から気になっていた事情がようやく見えてきた。


 つまりこの小鬼ゴブリン討伐は、カラヤ村にとっても軍にとっても「おいしい案件」なのだ。

 村は僅かな謝礼を出すだけで五十名規模の軍隊が数日間滞在してくれる。宿屋、酒場、屋台、酒屋、食料品店、日用品店、鍛冶屋、果てはそれらに品物を卸す行商人まで、村全体が潤うことだろう。

 軍としても正式な派兵となれば様々な手当がつく。村では下にも置かぬ丁重な扱いを受けるし、実戦とはいえ組織力や身体能力に劣る小鬼ゴブリン相手なら危険も少ない。それにこの平和な時代で実戦経験を積む良い機会でもある。


 そして二つの巣を毎年片方ずつ交互に討伐するのは、小鬼ゴブリンが全滅しないように数を調整するためだろう。昨年と同規模の派兵となれば予算も下りやすいから、一組や二組の冒険者では片付かない程度に増えてもらう必要がある。

 おそらく軍への謝礼は商店街からの寄付でまかなわれているだろう。隊長や幹部には個別にお金が流れているかもしれない。


「立案にあたり、それらを踏まえる必要があったんです。それで僕らの作戦ですが・・・・・・」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺にはさっぱりわからなかったんだけど?」


 ロット君が頭を抱えて割り込んだ。カイルさんがなぐさめるように、からかうように肩に手を置く。


「お前にはちょっと難しかったか。なら知らんでいい」

「そのあたりの事情って何だよ、答えられないことって何だよ!?ユイ、お前もわかったのかよ」

「う、うん。たぶん・・・・・・」

「わからなかったのはロットだけだよ。ま、作戦に支障はないさ」

「どいつもこいつも俺を馬鹿扱いしやがって!!」


 せっかく私が「剣の腕は頼りにしてるよ」と取りつくろったのに、カミーユ君が「首から下は頼りにしてるよ」と言い直して火に油を注いでしまった。


 カミーユ君には優れた頭脳が、ロット君には強い体が、私には魔術がある。未熟でもお互いに足りないところを補えば良いはずだ。彼らも承知していることだろう・・・・・・たぶん。

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