軍学校の一年間
「必ず来てね。約束だよ?」
「何度も言わなくても大丈夫だよ。絶対行くから」
カチュアが私の両手を握ったまま何度も何度も念を押すので、最後はロット君と二人で苦笑いをしてしまった。黒塗り四頭立ての馬車に乗り込み、揃いの黒い軍服を着た六騎の護衛とともに遠ざかる彼女を見送る。
「本当に侯爵令嬢だったんだね、あの子」
「自前の馬車でお迎えとはな。で、本当に行くのか?」
「そうだね。正式にお招きされちゃったし」
私の手にはカチュアからもらった招待状、それも
彼女の身分などすっかり忘れて「そのうち遊びに行きたいな」などと口走った結果がこれだ。ちょっと近所の友達の家に行くような感覚で言ったのだが、国境を越えて片道八日の大冒険が予約されてしまった。
その前に私達も一度、実家のあるカラヤ村に帰らねばならない。軍学校の一年を終えた私達は五十日ほどの春休みに入るのだ。
いや、帰らずに学生寮に滞在しても良いのだけれど、私とロット君には村でやるべき事がある。隣村出身のカミーユ君にも協力をお願いしたところだ。
一度部屋に戻ると、同室のラミカが荷造りをしていた。彼女には珍しく動きやすそうな私服を着て、愛用の牛の着ぐるみが抜け殻のように干してある。ぱんぱんに膨らんだ荷物の大半はお菓子に違いない。
「そういえば、ラミカの家ってどこなの?」
「パラーヤってとこだよ。南の端っこ」
そういえば聞いたことがあったかもしれない、軍学校までの道中に出会った旅好きの老夫婦が目指していた町だ。確かエルトリア王国最南端の港町だと言っていた。
「いつか遊びに行ってもいい?」
「いいよー。おいしい物たくさんあるから案内するね」
「港町なんでしょ?船に乗ったことはある?」
「うん。お父さんが貿易商だから」
「へえ・・・・・・いいなあ、楽しそうだね」
「そうでもないよー。揺れるし怖いし、あんまり好きじゃないかなー」
いつか私も船で異国に旅立つことがあるだろうか。まだ海や異国どころかいくつかの町しか知らないけれど、この世界を隅々まで見てみたいという思いを叶えるには必ず経験すべき事に違いない。
それにしても、どうやら私の友達は侯爵令嬢にハーフエルフに貿易商の娘だったらしい。リースやアシュリーに至っては魔術の名家の出身だというし、もしかすると一般人は私くらいなのかもしれない。
「それじゃ、そろそろ行こうかな」
「私も停留所まで行くよー」
ラミカと一緒に女子寮を出ると、ロット君とカミーユ君が待っていた。お待たせ、と声をかけて一緒に歩きだす。薄い雲がたなびく冬空の下で振り返り、一度だけ
エルトリア王立ジュノン軍学校。ここで私は新しい友達、新たな知識、魔術に剣術、そして未来への希望、いずれ遠く羽ばたくための力を得ようとしている。
そして今、私には帰る場所がある。帰りを待っていてくれる人達がいる。
いつから私はこんなに光に満ちた道を歩んでいたのだろう。つい一年前の自分を思い出そうとして、慌ててその記憶の蓋を閉めた。きっと今の自分には必要のないものだから。
◆
ここまでお読みくださり有難うございます。
一年生のエピソードが長くなってしまったので、次の一年は短めにまとめて、広い世界に飛び出してもらおうと思います。
引き続きお読み頂けると幸いです。
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