王国魔術師フレッソ・カーシュナー(六)

「女、いい度胸だな!」


「ふふ、そんな物が役に立つとでも思って?」


 隣室と水晶球から同時に響く怒号、爆音、硝子ガラスの割れる音。

 私は剣を掴んで部屋を飛び出した。やや遅れて続く三人の騎士、それからリース。




「我が生命の精霊、偽りの鍵となりてその封を解け!【開錠アンロック】!」


 扉を蹴破けやぶる勢いで隣室に踏み込んだ。大きく割れた硝子ガラス窓、風になびくカーテン、そして半裸の若い男女。


「ユイ・レックハルト!貴様か!」


「ユイ、ご苦労様。人を疑うことを知らない良い子ちゃん、嫌いじゃないわ」


 半裸のフレッソが手にした長杖ロッドの先に闇色の球体が浮かぶ。咄嗟とっさに展開した【魔術障壁マジックバリア】が【暗黒球ダークスフィア】を弾き、七色の光と闇を発して共に消滅した。


「さよなら、色男さん、真面目まじめ子ちゃん。また会いましょう」


 半裸のミオさんは怪しげな微笑を残して窓から飛び出し、引きちぎったカーテンを身にまといつつ夜空に身を躍らせた。

 私は目を疑った。ここは三階だというのに、魔術も使えない者が飛び降りるなど正気の沙汰さたではない。


「ちいっ!泥棒猫が!」


 私の目の前で身をひるがえしたフレッソもそれに続く。


「ミオさん!フレッソ!」


 窓枠に取りつき下を見下ろしたが、既に二人の姿は闇にまぎれていた。


「パラガさん、二人を捕えるよう皆にご指示を!」




 直属の上司であるパラガ男爵に言い残して窓の外に飛び出し、使い慣れた【落下制御フォーリングコントロール】を唱えて地面に降り立つ。


「柔らかい?これは……」


 足元にはちょうど花壇に使う黒土が盛られており、すねまで埋まるほど柔らかい。これはミオさんの計算なのか、偶然か、それとも……

落下制御フォーリングコントロール】が使える魔術師フレッソはともかく、そうではないミオさんが裸足はだしで三階から飛び降りて大した怪我も無いならば、それは所有者に絶大な幸運をもたらすという『女神の涙』の為せるわざだろう。


「ユイちゃん!ミオさんは?」


 少し遅れて飛び降りてきたリースに、私は首を振った。

 これが『女神の涙』の加護であれば、いかに厳重な警備が敷かれているこの王宮であっても、彼女を見つけ出して捕らえるのは至難の業だろう……




 私の予想通り、翌日になってもミオさんとフレッソは見つからず、王都から姿を消してしまった。


 敬愛する先輩であったミオさんが私をたばかっていたこと、姿を消してしまったことに衝撃を受けたのは確かだ。だが彼女の言動をよく思い返してみれば、私をあおったりきつけたりしていたようにも感じる。

 私を巻き込んだのは用心のためか。もし『女神の涙』を奪うことに失敗したとしても、私とフレッソをみ合わせればその機会があるかもしれない。相手に気付かれぬよう最低限の人数にしたのも、屋外に兵を配置しなかったのも、今となってみればミオさんの計算の内だったのだろう。


 一方フレッソについては、多少の不可解さが残る。あの二人の会話は確かに不穏なものではあったが、それだけでは彼の罪状を確定させるには至らなかったはずだ。疑惑は残りつつも王国魔術師の地位を得ることはできたかもしれない。


 余程焦っていたか、王国魔術師の地位よりも『女神の涙』の方が価値があると判断したのか。いずれにしても王国魔術師の座は空席となり、私には一連の騒ぎの責任を負って三十日間の停職という処分が下された。




 ◆


 ここまでお読みくださりありがとうございます。身に余るフォロー、ハート、コメントなど、この上なく励みになっております。


 姿を消してしまった宿敵と泥棒猫はひとまず置きまして、短いエピソードをいくつか挟んだ後、かつての親友との再会と決着を見る運びになります。引き続きご覧頂けますと幸いです。

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