大樹海の大討伐(一)

「どうだ、久しぶりにゆっくりできたか?」


「はい!あ、いえ。申し訳ありませんでした」


 三十日ぶりに王宮に顔を出した私は、エルトリア国王ベルナート陛下と直属の上司であるパラガ男爵、二人に向かって深く頭を下げた。


 三十日間の停職は『王宮魔術師候補フレッソ・カーシュナーに関する一連の騒動の責を負う』という名目だったが、むしろ働き詰めの私を休ませるという側面が大きかったようだ。

 時間ができたのを幸いにカラヤ村の実家に戻り、しばらく穏やかな時間を過ごした私は少し太ってしまったかもしれない。気持ちを入れ替えて職務に精励せいれいしなければ、と背筋を伸ばす。




 停職期間中の情勢の変化について、パラガ男爵から大まかな説明を受けた。この人の肩書は『情報部門総監』というもので、巡見士ルティア二十二名全員がその管理下にある。

 その他にも人知れず活動する諜報員を抱えているのではないか、とも噂されているが、私達巡見士ルティアにさえその真偽は明らかにされていない。


 ともかく。改めてフレッソの身辺を調査したところ彼に不利な証言が続出したこと、元巡見士ルティアミオ・フェブラリーとの会話から不穏な野心ありと推定されることから、王国魔術師として大きく資質に欠けるのではないかという意見が大半を占めるようになってきたという。


 なにしろ彼の権勢をしたって取り巻いていた者達が状況が不利になると一斉にてのひらを返したそうで、これは所有者に絶大な幸運をもたらすという宝玉『女神の涙』を失った揺り戻しが来たのではないか、というのが私の推測だ。

 彼の処分はまだ正式には決まっていないが、もしこの状況下で王都に戻れば身柄を拘束されることになるだろう。本人もそれを予想しての逃亡だったのかもしれない。


 そのフレッソ・カーシュナー及び『女神の涙』を奪い姿を消した巡見士ルティアミオ・フェブラリーは、全ての資格を剥奪はくだつされ国外追放という扱いになり、以降その足取りは一向につかめていないという。


「そうですか……」


 陛下と男爵が同時に私の顔を覗き込んだようだ。

 敬愛する先輩巡見士ルティアであったミオさんに利用されたことは確かに驚いたし、傷つきもした。だが彼女はもう明らかな罪を犯した逃亡者だ。次に出会えば王国巡見士ルティアとして捕縛ほばくするし、抵抗すれば斬るしかない。覚悟を決めた私の顔を見て、二人は安堵あんどしたように思えた。




「それで、だ。ユイ・レックハルト、次の任務を申し付ける」


「はい」


 ベルナート陛下は謹厳な口調で、だが両手はもうすぐ二歳になる息子をあやしながら、私に次の任地を告げた。


「ナギ市にて北部方面軍に合流し、『大討伐』に参加せよ」


「『大討伐』に?」


『大討伐』とは年に一回、エルトリア王国最精鋭とされる北部方面軍が行う大規模な妖魔討伐作戦のこと。

 エルトリア王国の西側には蛮族や妖魔が巣食う昼なお暗い魔の森が広がっており、俗に『大樹海』と呼ばれている。この『大樹海』に近い町村は常に妖魔におびやかされているため、特に農作物の収穫を控えたこの時期に大規模な討伐を行うことで被害を防ぐ狙いがある。


『大討伐』には北部方面軍に加えて民間団体、つまり近隣の冒険者ギルドからも参加者を募集する。移動や食事、負傷した場合の治療費などを全て国費で負担し、基本報酬に加えて妖魔や魔獣の種別・討伐数に応じた追加報酬が支払われるため希望者が非常に多く、その人数は例年数百名に及ぶという。




「不確かな情報だが、『大樹海』で妖魔をたばねる魔術師を見た者がいるらしい。これを発見した場合はすみやかに討伐せよ。頼んだぞ」


「!……はい、お任せください」


 その魔術師とやらが逃亡中のフレッソである可能性は高くないと思うが、魔術の悪用は魔術師の信用を落とすいう理由から厳しい処罰が下される。

 これが事実であれば巡見士ルティアとしても、魔術師の一人としても看過かんかできない。私は軍用馬を借り受け、一路北部方面軍の駐屯地に向かった。

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