大樹海の大討伐(二)

 私達が住むエルトリア王国の北側は万年雪の霊峰が連なり、人々の侵入をかたくなに拒んでいる。

 また、西側は『大樹海』と呼ばれる妖魔の領域に接しており、そのはてを見た者すらない。


 その双方に接する町、『大樹海』に最も近い都市と称されるナギ市。

 見渡す限りの平原が続くこの地には他に人口一万を超えるような都市は無く、市街地全体を城壁に囲まれたこの場所が我々人族ヒューメルの前線拠点となっている。




 北部方面軍の主力は北方のザハール峠にきずかれた砦を拠点としており、この町に駐屯ちゅうとんする北部方面軍はいわば分隊なのだが、それでも王国最精鋭との評判は伊達だてではない。町も人も建物もすべて『質実剛健しつじつごうけん』という言葉を絵にしたようで、花崗岩かこうがん造りの司令部もやはり機能性と頑丈さのみを追求したような建物だった。


「王国巡見士ルティア、ユイ・レックハルトです。『大討伐』に参加するべく、王命を受けて参りました」


「分隊司令官のゴンザガだ。遠路はるばるよく参られた」


 ゴンザガ司令官は中年を過ぎかけた年齢に見えるが、軍服の下にみっちりと分厚い筋肉と脂肪が詰め込まれているようだ。角刈りの白髪頭と黒々とした太い眉毛の対比コントラストが見事で、いかにも叩き上げの軍人といった印象だ。


 片やその隣に立つのは一見すると少女のように小柄な兵士で、肩に届きそうな金髪といい繊細な顔立ちといい、この場にはとても似つかわしくない。

 だがもう彼のことを女の子とは見間違うことはない。にこやかに敬礼するその笑顔の奥に卓越した智謀が隠されていることも、私はよく知っている。


「参謀のカミーユです。北部方面軍ナギ分隊にようこそ」




 私達が軍学校を卒業して二年以上が経つ。

 昔話に花を咲かせつつ、カミーユ君に駐屯地を案内してもらった。彼も私も少しだけ背が伸びたかもしれないが、それでも擦れ違う兵士の方々と比べると頭一つほども小さい。


 司令部、兵舎、武器庫、資材庫、練兵所、一般的な軍事施設の他に牧場や畑までそなわっている。これは厳しい自然環境において食料の確保を民間のみに頼らないようにするためで、カミーユ君の発案だという。


「兵士が戦うには、まず潤沢じゅんたくで良質な食料さ。次に衣服、装備、環境。武勇や知略を競うはそれらを整えた後の話だよ」


 彼は軍学校の模擬戦シミュレートという戦略戦術を競う盤上競技で史上初の二連覇を成し遂げた秀才だが、本人は「あんなもの遊びだよ」と言い捨てる。


「兵士や物資を数値化するなんて無意味ナンセンスだね。隊のうちで満足に戦える兵士はどのくらいか、肉体的精神的にどのような状態なのか、司令部から命令を発したとしてどれくらいの速度で伝わり、どの程度指示に従うのか。物資だってそうさ、最前線において全ての物が満たされているなんてあり得ない。何をどこにどれだけ準備しておくのか、どうやって必要な物を必要な場所に送り届けるのか。全くもって計算通りに行くものじゃない」




 そんな生意気な事を言うカミーユ君も、こちらに来たばかりの頃は苦労したらしい。

 王国最精鋭という誇りプライドからか後方勤務の者も厳しい訓練を課され、一般人以下の体力しかない彼は毎日のように責められ、役立たずとなじられたという。


 だが食材の発注先を変え、厨房の設備や食材の保管方法を一新して兵士の食事を改善すると、彼に対する評価は一変した。さらに防寒装備の充実、兵士目線での兵舎の改築と実務面での功績を上げて、この分隊に配属を希望したのだそうだ。


「ここに来たのは指揮官として、参謀として経験を積むためさ。さっきも言った通り、前線で兵士はどのような状態になるのか、何が求められているのか、僕は知らなきゃいけない。だから今回の『大討伐』に参加させてもらえるよう願い出たんだ」


「すごいなあ。将軍ヘネラールへの道を着々と進んでいるんだね」


「もう巡見士ルティアになったユイさんにはかなわないさ」


「あとは達人エスペルトだね。ロット君の様子はどう?こっちに来てるんでしょう?」


「あいつはこの分隊じゃなくて、本隊の方。今頃みっちりしごかれてるよ、ユイさんに負けたのが余程こたえたんだろう」


 それなら良かった。ロット君はどこか人に流されやすいところがある、王都のように刺激的な場所で悪い友人と付き合えばすぐに悪い方に傾いてしまうだろう。つらい環境で厳しい人達に囲まれた方が彼にとっては良いのかもしれない。




「あれは?町の外にたくさん天幕が張ってあるけど」


「冒険者ギルドの参加者だよ。五百人以上はいるかな」


 そういえば王都をつ前に教えてもらった。『大討伐』には北部方面軍に加えて近隣の冒険者ギルドからも参加者を募集しており、移動や食事などの経費を全て国費で負担する上に、討伐数に応じて追加報酬が支払われるため人気が高いという。

 だが実際に彼らを見てみると、町の外に放り出された厄介やっかい者のようだ。正規軍に比べると非常に粗末な扱いを受けているように思える。


「ふうん……町の中には入れないの?」


「昼間は良いけど、夜には町の外に出てもらう。この町に五百人も泊まれる施設は無いからね」


「軍の練兵所で野営するのも駄目?」


「民間人を軍の施設に入れるわけにはいかないよ。逆に彼らを監視する人員が必要になってしまう」


 カミーユ君が言うのももっともだ。正規軍との扱いの差に不満の声が上がるかもしれないが、管理する側の事情というものがある。




「あれ?あの子……」


 城壁の外で昼食の準備をする冒険者達の中に、見覚えのある顔を見つけた。

 多くの魔術師が愛用する外套ローブではなく着古した旅服だし、明るい茶色の髪は学生時代よりも短くなっているが、間違いない。魔術科の同期生、ブリジットだ。


「ブリジット!ブリジットだよね!?」


「あ……ユイ?」


「やっぱり!久しぶり、こんな所で会えるなんて!冒険者になったんだね?」


「あ、うん……」


「卒業してからラミカにもプラたんにも会ったよ、それからリースにも。ブリジットは誰かに会った?」


「え、ううん、誰にも」


「そっかあ。懐かしいな、会えて嬉しいよ」


「そうだね……」


 思わぬ再会に手を握らんばかりに喜んだ私だったが、後から思えば彼女の反応はよそよそしいものだった。




「ユイさん、そろそろ行くよ」


「あ、うん。ブリジット、また後でね!」


「……」


 カミーユ君にうながされ、手を振りつつ町に戻る。


 自分では人の心に寄り添っているつもりでも、相手から見ればそうでないことは往々おうおうにしてある。私はこの時、彼女の気持ちに気づいていなかった。

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