大樹海の大討伐(三)

 白い雲が湧く真夏の空の下、『大討伐』の作戦行動が開始された。

 連なる馬車の列、それに続く人々、荷車に乗せられた天幕や食料、衣服や予備の武器などの物資。


 討伐隊の内訳は司令官ゴンザガ、参謀カミーユ以下、エルトリア王国北部方面軍の正規兵が四〇〇名、支援要員が約一〇〇名、近隣の冒険者ギルドからの参加者が五五〇名、ナギ市で募集した雑用係が五〇名、合わせて一千名余り。私はその中には含まれず、作戦をさまたげない範囲で自由な行動を許されている。




 時折り馬車の中の兵士と交代しつつ整然と行進する正規兵に比べて、冒険者達の行軍は雑然としたものだった。彼らのために用意された馬車も大半は乗用として使い物にならず、単なる荷物置き場になっている。私語を交わしてはふらりと列から外れ、服をはだけては強い陽射しに文句を言い、落伍者らくごしゃを救護する支援要員になだめられてはまた歩きだす。


 そのようにして朝にナギ市を発った討伐隊は半日余りの行軍を続け、夕刻には前線拠点となるフーという村にたどり着いた。

 フーは五十戸ばかりの小さな村で、とても一千を超える軍勢を受け入れることなどできない。だが毎年この時期に行われる『大討伐』には慣れているようで、特に混乱もなく村の広場で野営の準備が始まった。


 ただしそれは正規兵と支援要員だけの話で、やはり冒険者ギルドからの参加者達は村に入れず、石ころだらけの草原で思い思いに野営と食事の準備を始めている。彼らが使う天幕も正規軍が使い古したお下がりで、穴が開いていないだけましという代物だ。


「ユイさん、どこに行くの?幹部には村長が酒宴を用意してくれているけど」


「あ、ごめん。夕食は友達のところで食べようかと思って」


「昨日のブリジットさん?」


「そう。卒業以来だから、少しお話したくて」


「ふうん……わかった、行ってきなよ」


 カミーユ君の口調と表情に少し引っかかるところはあった。だが深くは考えなかった、自分とも卒業以来の再会なのにとねてしまったのだろうか、とさえ思ったくらいだ。




 村でいくつか買い物を済ませて、冒険者達の天幕が並ぶ一角へ。『魔術師のブリジット』と人にたずねるとすぐに教えてくれた。ちょうど数人の仲間と夕食を摂っているところだ。


「ブリジット!ちょうど良かった、私も入れてくれない?」


「えっ?あ、ユイ……」


「昨日の友達か?いいよ、一緒に食べよう」


 体格の良い剣士が愛想あいそ良く迎え入れてくれた。他にはひげもじゃの土人族ドワーフ、細身の軽戦士、琵琶リュートを抱えた楽士がくし、いずれも男性ばかりだ。歓迎された理由の一つは私が両手に持つ果実酒と干し肉だったのかもしれない。


「へえ、ブリジットとは同期生だったのか。こいつどんな生徒だったんだい?」


「真面目で成績も良かったですよ。私と同じで、破壊魔術はあまり得意じゃなかったみたいですけど」


「ユイさんも冒険者やってるの?」


「いえ、巡見士ルティアです」


巡見士ルティア!?じゃあ騎士様なのか!?」


「あ、はい。一応……」


 人族ヒューメルの身分などに頓着とんちゃくしない土人族ドワーフ以外の皆が口を開けて食事の手を止めてしまったので、慌てて話題を変える。


「ねえブリジット、貴女あなたの話も聞かせてくれない?卒業してすぐ冒険者になったの?」


「……私、ユイみたいに立派じゃないから」


 だが、話を向けられたブリジットはすぐに席を立ってしまった。

 気を悪くしてしまったのかもしれない、触れられたくない話題だったのだろうか。しばらく他の仲間たちが話し相手になってくれたけれど、そのまま彼女が戻ってくることはなかった。




 確かに軍学校時代、私はブリジットとそれほど仲が良かったわけではない。彼女は目立つ生徒ではなかったし、ラミカやプラたんのように一緒の時間を多く過ごしたわけでもない。


 でも決して赤の他人ではない。放課後の教室で世間話をしたり、女子寮で一緒に夕食を食べたこともあるし、久しぶりに顔を見て嬉しくなる程度には友達だと思っていたのに。彼女にとって私はそうではなかったということだろうか。





ちょっと『らしくない』言動のユイちゃんですが、一応これには理由があります。このエピソードの結末までお読み頂けますと幸いです。

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