大樹海の大討伐(四)

 夜中に天幕を叩き続けた雨も朝方には上がり、フーの村を発つ頃には早くも真夏の太陽が容赦なく照り付けてきた。

 だが草原を抜け、『大樹海』に入ると少しは過ごしやすくなったかもしれない。




 魔の領域である『大樹海』に侵入したのは総勢で一千を超える軍勢。そのうち約半数を占める北部方面軍が中核となり、昼なお暗く獣道すら無い樹海にあっても整然と行軍を続けている。


 討伐隊は支援要員一〇〇名を後方に残し、正規兵は三人を一組として横に三十列並べ、これを四段並べて半刻ごとに交代させるという方法で絶え間なく前進していく。一段目は最前線、二段目は積極支援、三段目は予備兵力、四段目は休息と役割が厳密に決められており、負傷者はすぐに後送されて予備の人員と入れ替わる。

 彼らは周到な準備と個々の練度の高さを示すように、ほとんど損害らしい損害も無く妖魔の死体を積み上げていった。


「これもカミーユ君が考えた戦術?」


「まあね。この方法なら常に良い状態の兵士が最前線に立てるだろうから」




 北部方面軍の危なげない戦い方に安心した私はもう一方の集団、冒険者ギルドからの参加者達に目を向けた。

 彼らに定まった指揮系統は無く、それぞれの小集団に分かれて思い思いに進むのみ。互いの連絡も安否確認もろくに無い有様だが、妖魔の討伐数に応じた報奨金が出るため、むしろ正規軍よりも積極的に妖魔を追い詰めては仕留めていく。そうして仕留めた妖魔の体の一部を切り取り、証拠として荷車の中に投げ込んでいくのだ。


 出会うのは小鬼ゴブリン豚鬼オーク羽魔インプといった下級妖魔ばかりで、それらも数に任せてあっという間に片付いていく。『大討伐』は順調なように思えたのだけれど……


「ねえブリジット、顔色が悪いよ?」


「大丈夫。心配しないで」


「今日は暑いからね。辛くなったら休ませてもらうといいよ」


「……」


 魔術科の同期生、ブリジットの様子がおかしい。

 彼女の仲間も心配そうに声を掛けるのだが、本人は汗に濡れた顔を横に振るのみで『大樹海』の道なき道を歩き続ける。だが何度も下草に足を滑らせ、ぬかるみに足を取られ、とうとう木の根に足を引っ掛けて転んでしまった。それでも私が差し出した手を握らず、旅服についた泥をぬぐって自分で立ち上がる。


「出たぞ、羽魔インプだ!」


「……っ、私がやる!【光の矢ライトアロー】!」


 だがブリジットが放った【光の矢ライトアロー】は羽魔インプの羽をかすめて虚しく飛び去り、反撃の【暗黒球ダークスフィア】が他の隊の中央で炸裂した。命にかかわるような怪我ではないだろうが、幾人か軽傷者が出たようだ。


「ブリジット、調子が悪そうだよ。少し休んだ方が……」


「ほっといてよ!!」


 突然の大声に振り返る周囲の冒険者達。驚いて立ち尽くす皆の元に、正規軍からの伝令が届いた。


「全軍停止!全軍停止!総員突撃準備、隊列を整えて指示を待て!」


 ブリジットはその声にも構わず、私に向かって感情を爆発させた。


「何が巡見士ルティアよ、何が正規軍よ!自分だけ綺麗な格好であわれんで、さげすんで、命令ばかりして!あんたみたいな子に私達の苦労なんてわからないんでしょ!何が突撃準備よ、偉そうに!」


 仲間の剣士になだめられて言葉を止めたものの、ブリジットはまだ私をにらみつけている。




 その言葉に頬を叩かれたような気がした。確かに今の私は見栄みばえのする士官服に身を包み、剣も納めたままで戦いに参加していない。

 片やブリジットは多くの魔術師が愛用する外套ローブではなく旅服を着て、それもあちらこちらが擦り切れている上に顔まで泥をかぶっている。昨日使った天幕も正規軍の使い古しだし、『大樹海』までの移動も炎天下を歩いてきたはずだ。

 ……もしかすると私は、自分でも気づかないうちにこの子を見下みくだしていたのだろうか。




 急に恥ずかしくなった私は片方の軍靴を脱いで足元の水たまりに浸し、中に入った泥水を頭からかぶった。


「えっ、何してんのあんた……」


「ごめんブリジット、貴女あなたの言う通りだね。私ちょっと勘違いしてたかもしれない」

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