大樹海の大討伐(五)

 ゴンザガ司令官とカミーユ参謀の元には既に中隊長全員が集められていた。顔じゅう泥まみれの私にカミーユ君が何も言わないのは、もしかするとブリジットとの間に何が起きるか承知していたからかもしれない。


「森の奥から魔術師が現れた。周囲の妖魔を支配下に収めているかもしれない」


 事前に王都で聞いてはいた、『大樹海』で妖魔をたばねる魔術師を見た者がいると。ただそれが私と因縁の深い赤毛の魔術師フレッソであるかどうか。


「ユイさん、心当たりはあるかい?」


「どうかな……その魔術師の特徴は?」


「おそらくダークエルフじゃないかという話だけど」


「……そっか、じゃあ心当たりは無いかな」


 やはり彼ではなかったようだ。王国魔術師の座を追われたフレッソがこのような場所で妖魔の王になっているとは考えにくいと承知してはいたが、少し落胆してしまった。




 上位の存在が下級妖魔を従えていること自体は少なくない。その多くはダークエルフであったり魔人族ウェネフィクスであったり、時にはに人族ヒューメルであったりもする。

 ダークエルフとおぼしき魔術師はこの先にある森が開けた場所で、多くの妖魔を揃えてこちらに備えているという。厄介やっかいではあるが、そのような者を討ち漏らせば近隣の町に大きな被害が出てしまう。


「では作戦を説明するよ。我々は正面からの全面攻勢をもってすみやかにその魔術師を討つ」


 少し意外に思った、智謀に優れるカミーユ君が何の策も用いず正面速攻とは。私は立場をわきまえて沈黙していたものだが、代わりに中隊長の一人が手を上げて理由を尋ねてくれた。


「まず、時間が経つほどに周囲の妖魔が集まってきてしまう。相手の態勢が整わないうちに攻め込んでしまった方が良い、これが一つ。それから森が開けている場所はあまり広くない、部隊を分けて迂回するには森が深すぎて互いの連絡を取りようがない。だから複雑な作戦行動を採ることができない、これが二つ。どうかな」


 中隊長は了解した旨を告げ、カミーユ君は私を振り返った。


「相手は魔術師だ。ユイさんに重要な役割をお願いしたい」


「あ、うん。もちろん協力するけど」


 その作戦はもしかすると、礼を失してしまったブリジット達に対して信頼を取り戻す機会になるかもしれない。

 さらに数人を呼んで手早く打ち合わせを済ませると、ゴンザガ司令官が野太い声で指示を下した。


「各員、隊に戻り作戦行動準備!」


 カミーユ君をよく知っているつもりだった私も、今さらながらに舌を巻く思いだった。彼は最後にこう付け加えたものだ。


「奇策など誰でも思いつく、正攻法で勝てるならそれが一番良いんだ。今回はこれが最も少ない損害で勝てる方法だと僕は考えた、ただし損害がゼロとはいかない。そこは承知してほしい」




 ひたすら深く暗かった森が途切れた。前方、二百歩四方ほどに渡って陽光が差す草原が広がっている。

 その向こうに見える岩場で待ち受けるのはにわかに数えることもできない数の下級妖魔、それを従える黒外套ローブの魔術師。その顔までは見えないが、輪郭だけを見てもフレッソでは有り得なかった。


 百五十歩あまりの距離をおいて対峙する人と妖魔の群れ、その中を平然と進み出る者があった。

 肩に届きそうな金髪に繊細な顔立ち、この場で最も戦いに向かない容姿の少年。エルトリア王国北部方面軍ナギ分隊参謀というのが彼の肩書だが、職業軍人であるにもかかわらず剣を抜く動作は素人しろうとのそれのようだ。


 妖魔の軍勢もいぶかしげに彼を見つめていたものだが、それも数瞬だった。陽光に照らし出された小さな影に敵方の魔術が集中する。


 ダークエルフの【光の矢ライトアロー】が、羽魔インプの【暗黒球ダークスフィア】が、虹色に輝く【魔術障壁マジックバリア】の表面に弾ける。光と闇が乱舞する中で、少女のように小柄な未来の将軍ヘネラールは頭上に剣を掲げ号令を下した。




総員突撃アッサート!」

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