大樹海の大討伐(六)

突撃アッサート!!」


 精強をもって鳴る北部方面軍が唱和し、地を踏み鳴らして突進する。それに対して妖魔からの破壊魔術が遅れたのは、参謀カミーユ君がその身をさらして初撃を受け止めたからだ。




「まず僕が先頭に立って破壊魔術を引き受ける。そうでなければ、こんな頼りない参謀の指示なんか誰も聞かないだろう。最初に僕が体を張る必要があるんだ」


 彼はそう言って、言葉通りに体を張って見せた。この分隊に所属している魔術師の【魔術障壁マジックバリア】に守られてはいても、致命的な破壊魔術が乱舞する中に身をさらすなど簡単にできるものではない。


 次に破壊魔術が集中したのは、突撃の先陣を切る私だった。

 最精鋭とされる北部方面軍においても魔術師の存在は希少で、この分隊には一人しか所属していない。その一人が【魔術障壁マジックバリア】でカミーユ君を守っている以上、他に魔術を使えるのは私だけだ。【光の矢ライトアロー】、【暗黒球ダークスフィア】、続けざまに放たれる破壊魔術を受けて、瞬く間に【魔術障壁マジックバリア】に亀裂が走り網目状に広がっていく。


「限界です、お願いします!」


「おう!」


「任せておけ」


魔術障壁マジックバリア】を解除して後退した私に代わって進み出たのは、精強な北部方面軍の中でも特に雄大な体格を誇る二人。トマスさんとミシェルさんという双子のような禿頭スキンヘッド偉丈夫いじょうぶが、大盾と全身を覆う金属鎧、頑健な肉体そのものを盾にして立ちはだかる。


「我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ!【魔術障壁マジックバリア】!」


 再び私が【魔術障壁マジックバリア】を展開して先頭に立ち、『大樹海』にぽっかりと空いた穴のような平原を駆ける。これがカミーユ君が立てた作戦で、魔術師でありながら機動力のある私と頑健な肉体を誇る精兵に敵方の魔術を集中させて被害を最小限にとどめるというものだった。




「どうしても損害が避けられないのなら、それは正規軍であるべきだ。僕らはそのために税金で養われ、良い装備を与えられているんだからね」


 カミーユ君の言葉を聞いて、また私は恥ずかしくなったものだ。騎士階級となった自分はいつしか増長してしまったのかもしれない。ラミカが私の元を去ってしまったのも、リゼルちゃんとリースに不幸を招いてしまったのも、きっとそのせいだ。


 そのような私に、再び人のために戦う機会が与えられた。この作戦は私達が耐えれば耐えるほど味方の、ブリジット達の損害が減るはずだ。何度も【魔術障壁マジックバリア】を展開し、大柄な二人に盾になってもらって距離を詰める。だが。


「しまった、沼地だ!」


「くそっ、動けん!」


 昨夜の雨で地面がぬかるみ、ところどころ水が溜まって沼のようになっている。軽装の私はともかく、体が大きい上に重装備のトマスさんとミシェルさんは膝まで泥にはまって身動きが取れなくなってしまった。

 そこに数ばかり多い羽魔インプの【暗黒球ダークスフィア】が集中する。相手が強いと見ればすぐに逃げ出す下級妖魔も、有利と見るやかさにかかって調子づく。上空から降り注ぐ小馬鹿にしたような笑い声が腹立たしいが、私も障壁バリアを展開するだけで精一杯だ。


巡見士ルティア殿、ここは俺達が引き受ける。下がってくれ」


「できません、そんな事!」


「こんな時のために鍛えてあるのさ。俺達の筋肉を馬鹿にしないでもらいたいね」


「私だってこんな時のために魔術を学んだんです!」


「頑固なお嬢ちゃんだなあ」


 強がってはいるが二人とも、いや三人とも顔じゅう体じゅう泥と血にまみれている。前からの投石、上空からの【暗黒球ダークスフィア】、さらには十数歩の距離にまで妖魔の軍勢が迫っている。このままでは石に打たれるか魔術に焼かれるか、刃に切り刻まれるかを選ぶしかないが……




「空を駆けし自由なる風の精霊、その意のままに舞い狂え!【暴風ウィンドストーム】!」


 にわかに起こった風が夏草をちぎり飛ばし、まだ散るはずのない青々とした木々の葉をもぎ取って巻き上がる。それは上空から好き放題に破壊魔術を浴びせる羽魔インプを残らず舞い上げ、そのままの勢いで地面に叩きつけた。地上の妖魔どもも天から突然降って来た仲間に潰されて共に倒れ伏す。


 このような難度の高い広範囲魔術に必要な魔力、精霊操作、集中力、それらを全て備えているのは魔術師の中でも中級以上の実力を持つ者に限られる。例えば軍学校を卒業した私達のような。


「ブリジット!来てくれたの!?」


「当たり前でしょ!馬鹿にしないでよ!」


 軍学校の同期生はこちらを見てはくれなかったが、それは私に背中を預けたからだ。集中、詠唱、二人の魔術師から三本ずつ放たれた【光の矢ライトアロー】が間近に迫った妖魔の胸を貫く。それをいくぐり飛び込んできた一匹も、昨夜ブリジットと一緒にいた剣士が真っ向から斬り捨てた。


「正規軍にばかりいい格好させられるかよ!」


総員突撃アッサート!!」


 武力、装備、士気、戦術、連携、およそ集団戦闘に必要な全ての要素で上回る人族ヒューメルの軍勢が妖魔どもを蹴散らし、叩き潰していく。『大討伐』における最大の戦いの趨勢すうせいは、一瞬で決まってしまった。




 数日の後。ナギ市の冒険者ギルドは外まで行列が続くほどの混雑ぶりで、とても中に入れる様子ではなかった。

『大討伐』が無事に終了して報酬を受け取ったのだろう、ギルドの建物から出てくる人達はみな笑い、肩を組み、早くも酔っ払ったような顔で街に消えていく。


「ブリジット、改めて謝らせて。私いつの間にか自分が偉いと思っていたかもしれない」


「……そんな風に言われて許さなかったら、私が悪いみたいでしょ」


 口を尖らせつつも差し出した手を握ってくれたブリジット。彼女の後ろにいるのは体格の良い剣士、ひげもじゃの土人族ドワーフ、細身の軽戦士、琵琶リュートを抱えた楽士がくし、先日と同じ人達だ。きっと気の合う仲間で活動しているのだろう。




 冒険者に身を落とす、という言葉がある。冒険者など食い詰めた者が仕方なく選ぶ職業であり、いつどこで野垂れ死ぬかもわからない仕事だ。騎士や魔術師など地位ある者が諸事情あってその職に就いたとき、そう陰口を叩かれるという。


 人の痛みを知っていたはずの私は、いつしか彼らのことを見下していたのだろう。自分は努力の甲斐あって地位と力を得たのだ、彼らを守り導く立場になったのだと。




 『力を持つ者は、それを使うときはよく考えなければならない。魔術でも、武術でも、権力でも。君なら正しく力を使えると思う』


 フェリオさんにそう言われたというのに。私は力を得たことで増長し、傲慢になっていた。




「良かったね、ユイさん」


「……うん」


訳知り顔のカミーユ君に苦笑いで頷く。彼のことだ、きっと何もかも気付いているに違いない。

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