茜色の剣士(一)

 ふと視線を上に向けると、山の木々が微かに黄色く色づき始めていた。亜人種自治区に近いこの地方は基本的に温暖なはずだが、今年はどうやら秋のおとずれが早いようだ。


 街道の横はどこまでも続くような深い森。フルシュ村のプラたんは息災そくさいだろうか、今も名前の無い学校で子供達に読み書きを教えているのだろうか。またあの綺麗な歌声を聞きたいものだ。




 ある地方の人口動態や民の暮らしぶりを見るという、珍しく巡見士ルティアらしい任務を終えた私は、ミカウラという町に立ち寄った。カーマイン男爵という貴族が領有するこの町に興味は薄く、ただ王都へ帰る道中で通りかかっただけの町。そのはずだった。


 だが宿屋で夕食を摂っていると、数人で麦酒エールの大杯を傾ける客の会話が自然に聞こえてきた。なんでも明日からカーマイン男爵主催の剣術大会が開かれ、それに茜色あかねいろの髪の女性剣士が出場するという。


「その女、けっこう強いらしいぞ。体もでかくて、こう、ぼん、きゅっ、ぼんって感じでよ」


「へえ。可愛いのかな」


「わからん。見に行ってみるか」


 どうやら心当たりがある。アカイア冒険者ギルドで出会った夕陽色の髪の女性剣士、エアリー。あれから二年近くが経つが、今頃どうしているだろう。噂の人物がエアリーとは限らないが、だとするとこんな所まで流れてきたのだろうか。どれほど強くなっただろうか。




 ぼんやりと夕食をつつきながら自分をかえりみる。どんなに忙しくても訓練を欠かしたことはない、毎日毎日カチュアの太刀筋たちすじをなぞり、あの流水のごとき自然な体捌たいさばきを心掛けている。


 だが最近、剣士としての自分に越えられない壁を感じてしまっていることも確かだ。体格に恵まれない私にはこのあたりが限界なのだろうか。

 卓絶した技術に加えて魔術をも身に着けたカチュアは帝国の上級指揮官として武勲を重ね、伝え聞くところでは『黒の月アテルフル』なる異称で呼ぶ者もいるという。

 あの子はどれほど先に行ってしまったのだろう。これから私が限界まで努力を重ねたとして、彼女に追いつけるものだろうか……




 翌朝。朝食を終えた私は剣術大会とやらの会場に足を向けた。

 王都に帰るにしても急ぐ必要はないし、もしかするとエアリーに会えるかもしれない。微かな期待を込めて会場を覗いてみると、まだ時間が早かったらしく会場設営などの準備が行われている最中だった。


 屋根の無い石造りの競技場は軍学校のそれほどではないが、数百人は入れる階段状の観客席が設けられている。人影はまばらで、運営の方々だけが忙しく動き回っている。

 何となくそのような光景を見ていると、後ろから声をかけられた。


「あれ?ユイちゃんじゃない?」


「やっぱりエアリーだったんだ。大会に出るんだって?頑張ってね」


「えー、見るだけなの?出ればいいのに」


「私はあまりそういうのは……」


「駄目だよそんなの!ちょっと待ってください、この子も出まーす!」


「え、ちょっと、エアリー!?」


 係員を呼び止めて何やら交渉するエアリー。この大会自体がそれほど厳粛なものではないのだろう、すぐに許可が下りて対戦表に私の名前が付け加えられる。相変わらずの押しの強さに負けて、なし崩しに剣術大会に出場することになってしまった。


「もう、相変わらず強引なんだから」


「見に来たってことは暇なんでしょ?ユイちゃんはあたしと戦いたくないの?」


「それは興味あるけど……」


「じゃあ楽しみにしててよ。絶対ユイちゃん倒して、優勝して仕官するんだから」


「仕官?軍人になるの?」


「そう!この大会で優勝したら、男爵様が声を掛けてくれるらしいよ」




 彼女の言う通り、冒険者の一つの成功例として『仕官』というものがある。自らの武を示して貴族の目に留まり、騎士として召し抱えられるというものだ。

 私が出場に後ろ向きな理由はそこにもあった。私が出場することで誰かが仕官の可能性を失ってしまうことにはならないか、と。まさかその当人から出場を勧められるとは思わなかったけれど。


 それに、主催者であるカーマイン男爵という人物についてはあまり良い噂を聞かない。真偽は定かではないが亜人種の体の一部を収集して邸宅に飾っているとも言われている。


「準備してくる!決勝戦で会おうね!」


「あ、うん。じゃあ後でね」




 仕官するならよく主人を見てからにすべきだと思うが、試合に向けて張り切っているエアリーに今そのような話をするべきではない。私も試合に備えて軽く体を動かすことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る