茜色の剣士(二)

 カーマイン男爵主催の剣術大会。エアリーの押しの強さに負けて、いつの間にか私も出場することになってしまった。

 出場者は私を含めて十六名。軍学校で経験した二百名近い対戦表に比べればささやかなものだ。


 試合は二日間に渡って行われ、初日の今日は四つに組分けされた四名ずつが総当たりで戦い、最も成績の良い一名だけが翌日の準決勝に進めるという。




「二番ユイ・レックハルトさん、試合です。会場にお入りください」


「あ、はい」


 なんだかぼんやりしているうちに名前を呼ばれてしまった。軽く体操は済ませたものの準備不足はいなめない、こんな事では剣術を教えてくれたカチュアに叱られてしまうだろう。


 初日の第一試合とあって、まだ観客席に人はまばらだ。それで良い、巡見士ルティアという仕事はその性質上、姿をいつわったり隠密行動を取る場合もある。このような大会に出場することを禁じられているわけではないが、私としてはあまり人に顔と名前を知られるべきではないと思っている。




「第一試合、始め!」


 しまった、また考え事をしていたようだ。慌てて目の前の相手に視線を移す、片手剣と小盾を持った若い剣士。幸いその斬撃は速くも鋭くもない、だが私の立ち上がりが悪いと見るや立て続けに打ち込んできた。軽く後ろに跳びつつ連撃をさばいたが、もし狭い試合場であれば逃げ場を失ったまま敗れていたかもしれない。


「ふう、やっと見えてきた……」


 体勢を立て直し、剣を合わせたまま体を入れ替えると、ようやく相手と自分の状態が分かるほど落ち着いてきた。相手の実力は軍学校の二年生といったところだ、ただ私の立ち上がりが悪いと見抜くほどには実戦慣れしている。

 だが冷静になってしまえば完全にこちらが上だった。誘いに乗ってきたところを受け流し、入れ違いに踏み込んでの一閃。愛用の細月刀セレーネが相手の頭上でぴたりと止まった。礼儀正しく一礼する対戦相手、頭上から降ってくる歓声と拍手。




「なーにやってんのさ、ユイちゃん。弱くなったんじゃないの?」


「ごめん……」


 小柄な女性剣士の勝利にき立つ客席とは対照的に、エアリーの反応は冷たいものだった。

 それはそうだ、この子は私の実力をある程度知っている。今の試合内容が酷いものであったことも一目で分かるだろう。


「まあいいよ、私のときにちゃんとしてくれれば。じゃあ行ってくるね!」


「あ、うん。がんばって」


 続くエアリーの試合は圧巻だった。相手は大柄な彼女をも上回る巨漢だったが、真正面から足を止めての打ち合いを制したエアリーの完勝。

 それも単純な力勝負ではない、腕力で上回る相手に対して足を使わずに技だけで圧倒した勝ち方だ。彼女は実力の底を全く見せていない、アカイア市で出会った頃よりも格段に強くなっている。


 試合を終えて一礼したエアリーが私に向けて元気よく手を振ると、客席が一段といた。この愛嬌あいきょう、先程見せた確かな実力、町の噂になるのも分かるような気がする。




 夕刻。無事に初日の予選を勝ち上がった私とエアリーは、優勝の前祝いと称して麦酒エールの杯を掲げた。

 肉の匂いが取れなくなるような、あまり清潔とは言えない酒場だが、とにかく食べ物の量が多くて値段が安い。料理もエアリーが大半を平らげてしまうので、食べ残す心配もなさそうだ。


「エアリー、ずいぶん強くなったみたいだね。誰かに教えてもらった?」


「ううん、誰にも。とにかく依頼をこなして、たっくさん妖魔ぶったったら強くなってた」


「猛獣みたいだね?」


「ふへへ、誉め言葉として受け取っておくよ」


 豪快に笑いながら口を脂まみれにして骨付き肉を食いちぎる様子も猛獣のようだ。よく見れば体が一回り大きくなっているし、顔にも体にも傷跡が刻まれている。もともと嘘をくような子ではないが、彼女の言葉に偽りは無さそうだ。


「ユイちゃんさ、もしかして師匠は帝国の人?」


「えっ、わかるの?」


「やっぱり。前に出会った帝国出身の剣士に太刀筋たちすじが似てると思ったんだ。その細月刀セレーネも帝国のものでしょ?」


 その言葉にまた驚いた。以前のエアリーは相手を観察するということが無く、私の本当の実力を測り損ねていたものだ。経験を積み人と出会い、剣士としてずいぶんと成長したようだ。


「うん。カチュアっていう軍学校の同期生でね、ちょっと信じられないくらい強いんだ。師匠っていうより親友というか、目標というか……」


「ふうん……」




 カチュアの話を始めた私は、つい饒舌じょうぜつになっていた。彼女の実力や人柄に始まり、夏合宿や最後の決勝戦に至るまで滔々とうとうと話し続けてしまい、エアリーは少し退屈になってしまったかもしれない。


「あ、ごめん、私ばっかり話しちゃって。退屈だったよね」


「いや。じゃあさ、あたしがそのカチュアって子を倒したら、ユイちゃんはあたしを好敵手ライバルだと認めてくれるわけ?」


「え?エアリーのこともそう思ってるよ」


「ふうん……まあいいや。明日わからせてあげるよ」


 口元は笑っているようだが、目はむしろ私を睨みつけたように見える。

 その表情を見てもう一度驚いた。あの愛嬌あいきょうがあって人当たりの良いエアリーが、私にこんな目を向けるなんて。

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