茜色の剣士(三)

 カーマイン男爵主催の剣術大会、二日目。準決勝を終えた私は剣を納めて一礼した。


 万雷の拍手、地鳴りのような大歓声。予選のみの昨日とは打って変わって、観客席は立ち見客が出るほどの満員になっていた。その様子に少々驚いてしまったが、平静を装って試合場を出る。




 調子もだいぶ戻ってきたようだ。昨日の私は悩みを引きずっていたし、実は女性特有の体の事情で体調を崩してもいた。まだ心身ともに完調には程遠いけれど、真剣勝負の場でそんな言い訳は通用しない。


「うぇーい!だいぶ調子良くなってきたんじゃないの?」


「うん、おかげさまで」


「結構強かったんじゃない?今の相手」


「んー?うん、そうだったかも」


「おほー。いいねえ、余裕の台詞せりふ。あたしも勝つから見ててよね!」


 エアリーが言う通り、準決勝の相手はなかなかの強者だった。傭兵上がりだろうか、使い込まれた武具を身に着けた無精髭ぶしょうひげの剣士。

 その男は荒々しい剣術に加えて回し蹴りや盾を使った打撃などを繰り出してきたが、人ならぬ魔獣のくちばし鉤爪かぎづめ、壁や床をすり抜ける亡霊レイエスの動きに比べれば、人族ヒューメルに可能な攻撃の種類などたかが知れている。むしろその理に反した攻撃の隙を突いて勝利を収めたものだ。




 通路を抜け、階段を上がって観客席へ。呼び出しを受けてエアリーが試合場に現れると、石床が震えるほどの歓声が上がった。両手を大きく振ってそれに応える『あかね色の剣士』。

 アカイアで出会った時にも感じたものだが、彼女には人をき付ける何かがある。未来の英雄が階段を一段飛ばしに駆け上がっていく、私は今まさにその過程を見ているのかもしれない。


 それを苦々にがにがしく見ている相手は、波打つ金色の髪を耳が隠れるほどに伸ばした長身の若者。

 顔立ちに幼さが残っているところ見ると、もしかすると私達と同じくらいの年齢かもしれない。ただ表情からは揺るぎない自信がうかがえる、簡単な相手ではないだろう。


「準決勝第二試合、始め!」


 迷いなく踏み込んで大剣を振るうエアリー、それを鮮やかに受け流す金髪の剣士。熱戦を期待させる立ち上がりに観客の興奮は最高潮に達し、席に座っていた者も立ち上がって拳を突き上げる。身長の低い私などは飛んでも跳ねても試合場の様子をうかがうことができなくなってしまった。




 だが。序盤の盛り上がりに反して試合は長引いた。立ち上がっていた観客も席に座り直し、固唾かたずを吞んで成り行きを見守っている。

 連鎖する撃剣の響き、地を蹴る足音、裂帛れっぱくの気合。実力伯仲はくちゅうの白熱した試合、観客の多くにはそう見えただろう。でも私の目には。


「遊んでる。いや、自分が強いことを分からせてる。なんだか腹が立つ……」


 相手の名前は何といったか。余裕の笑みを浮かべながらエアリーの斬撃を受け止め、受け流し、身をかわす。そこまではいい、だが攻め疲れて肩で息をするエアリーに反撃するでもなく、挑発するような陽動フェイントを入れては打ち込ませ、華麗な防御でまた空を斬らせる。


 もう勝負は決まっているというのに、自分の強さを引き立たせる道具としてエアリーを使っているのだ。その剣技も、実用性よりも見た目を意識したような動きで観客を魅了するばかりだ。


 エアリーも自分が馬鹿にされていることに気付いているのだろう、相手をにらみつけては力一杯の斬撃を浴びせ続ける。

 だが彼女にはもう力が残されていない、剣を握る手も体を支える足も限界を迎えている。捨て身の斬撃が空を斬ると、エアリーはとうとう力尽きたように膝をつき剣を手放してしまった。




 客席の興奮はもはや冷め、場内に響くのはまばらな拍手だけ。さすがに観客の多くもこの異様な勝負の正体に気付いたのだろう。


 試合場の外で出迎えた私は、心身ともに疲弊ひへいした様子のエアリーに声を掛けた。


「……エアリー、絶対勝つからね」


「うん、うん。お願い、あんな奴に負けないで」




 夕陽色の頭が力なく私の肩に乗せられる。二回り以上も大きな体で私にしがみつき嗚咽おえつを漏らす、その背中を優しく叩いた。

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