茜色の剣士(四)

 まだざわめきが収まらない試合場。そこに続く薄暗い通路で話しかけてきたのは、エアリーを打ち負かして決勝に駒を進めた剣士だった。


「久しぶりですね、ユイ先輩」


「……?」


「忘れたとは言わせませんよ、あんな卑怯ひきょうな手を使っておいて」


 私としたことが、失礼ながら記憶に無い。卑怯ひきょうな手段で勝ちを収めた記憶も無い。言われてみればどこかで見た顔立ちのような気もするけれど、先程見せた相手を小馬鹿にするような剣術に心当たりも無い。

 いや、軍学校のドルス先輩という人がロット君をいたぶるような試合をしたことがあるけれど、この人は私のことを先輩と呼んだし、ドルス先輩とは似ても似つかない。




「ユイ・レックハルトさん、アルバール・イストさん、試合場に入ってください」


 会場のざわめきが歓声に変わる。名前を聞いてようやく思い出した、確か軍学校の卒業記念試合で戦った後輩だ。特に記憶に残るような相手でもなく、直後のカチュアとの決勝戦の印象が強すぎて頭の隅の隅に追いやられていたのだ。


「『黄金世代』の一角、今日こそ討ち果たしてみせますよ」


 アルバール君はそう言い残して試合場に向かった。


 そういえばそんな異称もあった。私達の学年は剣術科のカチュア、魔術科のラミカにアシュリーと優秀な生徒が揃っていたのでそう名付けられたようだが、同学年の中でそんな異称を口にする者はまずいない。

 それにこの後輩は顔立ちは悪くないというのに、口の端を吊り上げるような笑い方が高慢さを感じさせる。どうにも好きになれそうにない人物だ。




 抜けるような空の下、満員の観客が見つめる石造りの試合場、その中央で向かい合う。やがて勇壮な音楽に続いて銅鑼どらが打ち鳴らされ、決勝戦が始まった。


 後輩の顔に浮かぶ余裕の笑み、誘うように揺れる剣先。

 私は記憶の片隅から情報を取り出した。このアルバール君は強い、一年生にして俊才と呼ばれるだけの実力を確かに有していた。それにこうして向かい合っただけで分かる、おそらく剣士としての実力は私よりも上だろう。


「どうしました?怖気おじけづきましたか、先輩」


 安い挑発だ、この程度で頭に血が上るとでも思っているのだろうか。

 だがこうしてにらみ合っていてもらちが明かない、意を決して踏み込んだ。




「やっぱり。強い!」


 剣を合わせること十余合、私は早くも不利を自覚していた。アルバール君の剣術は決して見た目だけのものではなく、確かな技術に裏付けられている。

 身体能力もそうだ、細身の長身は刀剣のように鍛え上げられている。この体も技も一朝一夕に練り上げられるものではない、日々の厳しい鍛錬をおのれに課している証左だ。ただそれが相手をおとしめ、自分の力を誇示することに使われているのが惜しい。


 陽動フェイントからの華麗な連撃に客席が湧く。派手で見栄みばえのする斬撃に歓声が上がる。攻撃を終えて構え直す流麗な動作が観衆を魅了する。

 エアリーの時と同じだ、優勢を確信してこちらをもてあそんでいる。私をも自己顕示じこけんじの道具に使うつもりだろう、ここは魔術を使ってでも勝ちを拾うべきだろうか?


「確かに強い。でもカチュアなら……?」


 カチュアが、あの達人エスペルトが、アルバール君に負ける姿は全く浮かばない。

 カチュアは観客を意識したような派手な技を繰り出したり、相手に余裕の表情を見せたりはしない。ただ澄んだ水が低きに流れるように自然な体捌たいさばきで相手の力を受け流し、最短最速で致命的な斬撃を繰り出すはずだ。




 こんなものは私が求める剣術ではない。これは私が剣士として乗り越えるべき試練だ。

 カチュアに贈られた細月刀セレーネを握り直し、相手を見据える。そこに親友の姿を重ねると、しばらく忘れていた高揚感が全身を包んだ。


「見ててねカチュア。魔術には頼らない、必ず勝ってみせる。いつか貴女あなたに追いついてみせる」

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