茜色の剣士(五)

 アルバール君の長剣が空を裂いて迫る。十分に練られた華麗な技、だが私の脳裡のうりに焼き付いたカチュアの斬撃はもっと速く鋭く、僅かの予備動作も無く突然目の前に現れる。それと比べれば。


「こんなもの!」


 逆袈裟さかげさ、左薙ぎ、右切上、刺突、そこから変化しての右薙ぎ、一見華々はなばなしく見える連撃を全て叩き落とした。突如として気迫を増した私に相手は動揺したようだが、知った事ではない。


「ちいっ!馬鹿にしやがって!」


 別に私は相手を馬鹿にしてはいない、それをしたのはアルバール君の方だ。

 彼が得意としているであろう陽動フェイントから蝶が舞うごとき華麗な斬撃、だが殺気を込めない陽動などに意味は無い。かつてカチュアは私に言ったものだ。




『何となくだけど、迷いのない意志を感じたから。実戦では少しくらいの技術よりも、いざという時に躊躇ためらわない気持ちの方が大事なんだ。ユイちゃんからはそれが見えるの』




 食人鬼オーガー魔人族ウェネフィクス鷲獅子グリフォン蛇女ラミア魂喰いソウルドレイン死霊レイエス。幾多の妖魔や強敵と死闘を重ねてきた私だからわかる、目の前の相手からは自分の命を懸けて敵を殺し喰らってやるという『必殺』の意思を感じない。ただ相手より自分が上だと誇示こじするための剣だ。恐れるべき何物もない!


 カチュアの演武を真似るうち、いつの間にか身についていた流水の体捌たいさばき。やや強引すぎた相手の打ち下ろしに空を斬らせ、僅かな隙を作らせた。

 今こそ必殺の意思を込め、鍔元つばもとまでつらぬかんと最強最速の刺突を喉元のどもとへ。


「カチュア!私は貴女あなたを越えてみせる!」




 意識の空白、数瞬の静寂。そこから我に返ると、アルバール君が目の前でへたり込み剣を取り落としていた。恐怖のためか喉元のどもとを押さえてがたがたと震えている。股のあたりから地面に染みが広がっていたことは、彼の名誉のために黙っていようと思う。


 私は剣を垂直に掲げ、一礼して背を向けた。これがカチュアであれば今の刺突も受け流されていたことだろう、未だ私は親友の足元にも及ばない、と少し落胆する。




「なんと!?騎士にはならぬと申すか!?」


「申し訳ありません、私にはやるべき事がありますので」


近衛このえ騎士、いや上級騎士でも良い。その腕、わしの下で振るってみよ」


「いえ。有難いとは存じますが……」


 決勝戦が終わった後、この大会の主催者であるカーマイン男爵に仕官を勧められたものだが、丁重にお断りした。


 エルトリア王国の騎士階級である私にとって、元々受けることのできない誘いではある。

 だがもし在野の身であっても、この話を受けることはなかっただろう。招かれた男爵の邸宅には翼人族ハルピュイアの羽、蜥蜴人リザードマンの表皮、一角族コルヌスの角、そこかしこに亜人種の体の一部が飾られていたから。


 私は嫌悪感を押し隠して男爵邸を後にした。このような人物がいるから亜人種を狩る密猟者がいなくならないのだ。最後まで巡見士ルティアの身分を明かさなかったのは、いつかこの貴族を取り締まる日が来るかもしれない、そう思ってのことだ。




 この町を訪れた日と同じような、薄い雲が流れる朝。町外れで旅支度のエアリーが私を待っていた。


「王都に戻るんでしょ?見送らせてよ」


「確かに王都には戻るけど、目的はそれだけじゃないでしょう?」


「へへ、やっぱわかる?」


 背負い袋を置いて剣を抜くエアリー、私もそれに応えて荷物を下ろした。




「ユイちゃん、また上に行っちゃったね。あたしもかなり強くなったつもりだったんだけどなあ」


「うん、それでもまだカチュアには全然届かないんだ」


「この前言ってた帝国の子?ふうん、嫉妬しちゃうなあ」


「嫉妬?どうして?」


「あたしもユイちゃんに好敵手ライバルだとか宿敵だとか思われたい」


「ふふ、じゃあそう思わせてみてよ」


「言ったなあ?今のあたし、見せてあげるよ!」




 茜色の髪の剣士は心底楽しそうに笑い、大剣の刃に秋晴れの空を映した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る