王国魔術師フレッソ・カーシュナー(五)

 王宮の三階にある一室、来客用に使われるため調度や寝具などが整えられた快適な部屋。

 だがここに集った面々は、一様に硬い表情で部屋の中央に置かれた水晶球を囲んでいた。その水晶球からは大広間で行われている酒宴の音声だけが響いている。




「お初にお目にかかります、王国魔術師フレッソ・カーシュナー」


「きみは?」


「王国巡見士ルティア、ミオ・フェブラリーと申します」


「ああ!きみが王国一の美貌と名高いミオ君か。なるほど噂通り、いや噂以上に美しい」


「ありがとうございます。私も長らくフレッソ様のご尊顔そんがんを拝したいと思っておりました」


 喧騒にまぎれてそのような声が伝えられる。ミオさんは自然にフレッソと接触できたようだ。

 あとは彼女がフレッソから、禁術である【人形兵ペルチェ】に手を染めたという証言を得られれば良い。ミオさんにはその自信があるようだったけれど……


「まずは王国魔術師への就任、おめでとうございます」


「気が早いな。就任式典は五日後だよ」


「構わないでしょう、王宮は貴方あなたの噂で持ち切りです。美貌と力と若さを備えた王国魔術師の誕生であると」


「俺などただの若輩者じゃくはいものさ。先輩方に教えをわねば」


「まあ、心にも無いことを。貴方あなたはそのような器ではないでしょう?」


「ふん……」


 音声だけでは察するに限りがあるが、フレッソはミオさんのこびに気を良くしているようだ。それはそうだ、美と才を最高の水準で兼備するミオさんに言い寄られて気を悪くする男性など極めてまれだろう。




 やがて宴がお開きとなったのか、喧騒が遠ざかり二人の会話だけが届けられるようになってきた。


「ねえフレッソ、少し飲みすぎたみたい。お水を頂けるかしら」


「仕方のない奴だな。部屋に来るといい」


 この部屋の水晶球からではない、廊下から二人分の足音と話し声が近づいてきた。

 唇の前に指を立てて待つと、やがて隣室の扉が開き、閉じられた。続いて鍵をかける音。今日フレッソが宿泊する部屋の隣室を押さえた甲斐があったというものだ。


 足音、衣擦きぬずれ、話し声、水晶球からはそれらが混じり合った音が聞こえてくる。少々刺激の強い会話に、純情なリースなどは耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。


「ちょっとリース、大丈夫?しっかりしてよ」


「あ、う、うん」


 私も腰の剣を確かめ、耳を澄ませる。私達の出番はこれからだ。


「ねえフレッソ、貴方あなたの夢は何?」


「急に何を言い出すんだ。酔いが回ったか?」


「いいじゃない。貴方あなたが本当に欲しいものは何?お金?美女?力?それとも……王位?」


 部屋の空気が張り詰めた。皆が息まで止めて水晶球を見つめる。


「変わった女だ。そんなことを聞いてどうする」


「私は並みの男で満足する気はないわ。貴方あなたが私に相応ふさわしい男かどうか確かめたいの」


「いいだろう。俺が欲しいのは『全て』だ。男と生まれたからにはこの世の全てを手に入れる」


「素敵な夢ね。そのためにはあらゆる手を使う?」


「何のことだ?」


「例えば誘惑、例えば魔術。あなたにはその力があるのでしょう?」


「何でも使うさ。本当に欲しい物を手に入れるためなら」


「ふふ、いい答えね。野心のある男は嫌いじゃないわ」


 確かに野心的な会話ではあるが、これだけでエルトリア王国に対する叛意はんいありとは断定できないし、禁術を扱ったという証言とは認められない。単なる男女の睦言むつみごと範疇はんちゅうだ。




 ひそやかな話し声、衣擦きぬずれの音、男女の吐息。内心で私は焦っていた、少し様子がおかしい。


 予定ではクルスト男爵家で起きた一連の事件に関してフレッソからの証言を引き出すはずだった。ミオさんはそれについて自信を持っているようだったが、どのような質問を用意しているかまでは教えてくれなかった。これでは証拠不足だ、彼女は一体何を考えているのだろう……


 そのような私の不安も焦燥しょうそうも、次の一瞬で吹き飛んだ。水晶球を通すまでもなく、隣室から激しい物音と声が届いてきたから。




「あははははは!ったわ、『女神の涙』!間抜けね、色男さん!」

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