王国魔術師フレッソ・カーシュナー(四)

 廊下から窓の下を覗き込むと、王宮の中庭を通して謁見えっけんの間が僅かに見えた。

 白大理石の床に濃緑色の絨毯じゅうたん。薄暗い室内には誰もいないが、数日後には文武百官が立ち並び、王国魔術師の就任式典が盛大に執り行われるはずだ。


 フレッソ・カーシュナー、あの赤毛の魔術師が位人臣くらいじんしんを極める日が間近に迫っている。私達はそれははばむべく罠を仕掛けているのだが、どうにも割り切れない気持ちが残っている。

 魔術をもって人をおとしいれること、人をおとりに使うこと。いずれも気は進まないが、もはや後戻りはできない。


「リース、どう?聞こえる?」


「うん。よく聞こえるよ」


 私は水晶で作られた首飾りに話しかけ、別室で待機しているリースに音声が伝わっているか確認する。

 クルスト男爵家を追われて落ち込むリースに協力をお願いするのは心苦しかったが、その元凶であるフレッソを追い詰める策と聞いた彼女は進んで手を貸してくれた。




『【風の声ウインドボイス】中継点の設置による音声伝達距離の延長』




風の声ウインドボイス】は音を遠くに届ける魔術だが、その距離はどれほど魔力が強くても五百歩程度。しかも壁などの遮蔽物しゃへいぶつがあればそこで効果がいちじるしく弱まってしまう。

 それをあらかじめ【風の声ウインドボイス】を常駐させた水晶球を中継点とすることで音声伝達距離を延長したり、遮蔽物を通過させたり、複数個所に音を届けたりする技術がこれだ。


 皮肉にもこれは、軍学校で一年先輩だったフレッソの卒業制作。メブスタ男爵家の調査でも利用させてもらったように、王宮の各所に同じような水晶球を配置して、私が持っている首飾りからリースが待機している部屋の水晶球に音声を届けるよう準備を整えた。




「ミオさん、ではこれを」


 私はリース達がいる部屋に戻り、ミオさんに水晶の首飾りを手渡した。

 部屋の中にはミオさんの他に私、魔術師リース、巡見士ルティアを含む情報部門を統括するパラガ男爵、王宮付きの騎士が三名。いずれも信用できる人と言って良い。


 白皙はくせきの美貌に波打つ白金色の髪、ただでさえ群を抜く容姿のミオさんは、黒いドレスの大きく開いた胸元を首飾りで強調している。妖艶ようえんでいて下品ではなく、同性である私でさえ気圧けおされるほど美しい。

 ただ美しいだけではない。彼女は事前に対象フレッソの好みを調査して、化粧も服装も、声さえもそれに合わせている。巡見士ルティア研修の際には私もそれらを学んだはずだが、到底真似できるものではない。


「じゃあ行ってくるわね。ユイ、あとはお願い」


「はい。お気をつけて」


 彼女が向かったのは一階の大広間、式典に出席するため王都に滞在している諸侯のために開かれた酒宴の場。王国魔術師への就任が決まっているフレッソも出席するはずだ。


 華やかに着飾ったミオさんとは対照的に、待機する武官は軍服に佩剣はいけん、魔術師であるリースは実戦用の外套ローブ長杖ロッド。臨戦状態で待機する私達の元に、やがてにぎやかな酒宴の音が届いた。

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