女神の塔(十五)

 天に届かんばかりの巨塔、その頂上。


 曇天の下で刃が絡み合う。打ち交わす鋼の響き、渦巻く風、互いの息遣い。剣の技も身体能力も経験も私の方が数段まさっている、いざとなれば魔術に頼ることもできる。それなのに余裕の笑みを浮かべているのはミオさんの方だった。


 もう何度目だろう、ミオさんの剣を絡めて撥ね上げる。隙だらけの相手に斬撃を繰り出そうとして突風にあおられ姿勢を崩す、そこに反撃の刺突が身を削っていく。


「まだわからない?自分が何と戦っているのか」


「勘違いしないでください。ミオさん、あなたはただの人です」




 完璧に組み立てた連撃で相手を追い詰め、必勝の態勢から必殺の刺突。だが踏み込んだ足がくぼみに落ち込み虚しく空を突く、足首の痛みに顔をゆがめた私の頬を細剣がかすめていく。


「そうよ、ただの人族ヒューメル。ただ神に等しい力を持っているだけ」


「違います。力に魅入られただけの可哀想かわいそうな人です」




 斬撃に陽動フェイントを織りぜて隙を作り出し、駆け抜けざまの横薙ぎ。だがこれも乱立する石像に阻まれて相手の体に届かない。


「もう何度目かしら。これが全て偶然だとでも思って?」


「偶然です。運命だろうと不運だろうと、何度でも逆らってみせます!」




光の矢ライトアロー】の魔術。だが三条の光はミオさんが雑に振るった細剣レイピアに全て斬り払われ、虚しく霧散した。見切られたわけではない、まるで剣の軌跡に吸い込まれていったようだ。


「偶然が何度も続けば、それは必然というのよ。春の次には夏が来る、水は低い方に流れる、私が勝つのもそれと同じ」


「最後に勝つのは私です。私は自分を、今まで積み上げてきたものを信じます!」




 私の言葉は強がりなのだろうか。ミオさんは確かに人智を超えた力に守られており、まるで『絶対にここで敗れて死ぬことはない』と定められているかのようだ。

 逆にこちらは理不尽な何かにはばまれ、追い詰めたかと思えば手痛い反撃を受けてしまう。何度もこの身に刺突を受け、無様に地を這い、満身創痍まんしんそういの有様だ。


「諦めが悪いのね。わからせてあげようと思ったのだけれど、見込み違いだったかしら?」




 先刻までの好天が嘘のようににわかに黒雲が押し寄せ、大粒の雨が頬を打つ。天から雷霆らいていほとばしり、足元の床が崩れ落ちた。


 辛うじて身を投げ出して逃れたものの、ミオさんとの間の床は十数歩ほどの幅に渡って崩れ落ちてしまった。【身体強化フィジカルエンハンス】を使ったところで、とても飛び越えることなどできはしない。




「おわかり?この世界で起きる全ての事象は私の味方。貴女あなたは運命に逆らってここまで来れるかしら?」

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