十五歳の学園生活(一)

 寮の食事が毎日楽しみだ。パンとスープは毎日違うものが出てきて飽きないし、何より好きなだけ食べられるのが嬉しい。野菜といものサラダとチーズをパンにたっぷり挟んで三つ、それでも足りないので別の皿にサラダを山盛り。


「ユイちゃん最近よく食べるよねー」

「うん。おなかがすいて仕方ないんだ」


 動力供給の仕事はほとんど肉体労働だし、朝の運動にカチュアとの剣術訓練、授業を終えて夕方はカチュアに魔術を教え、夕食とお風呂を済ませて自分の魔術の練習、部屋に戻って図書室で借りた本を読む。


 忙しいが充実しているし、これだけの予定をこなせるだけの体力もついてきた。そのために必要な食事が十分れているのが有り難い。なにしろ数十日前まではろくに食事も与えられず、病み衰えた老婆のような姿をしていたのだから。


「私あんまりおなかすかないんだよねー」

「お菓子ばっかり食べてるからでしょ?」


 同室のラミカは確かにあまり食事をらない。今朝も玉葱たまねぎスープにパンを一つ浸して食べただけだ。お菓子だけでこれほどの体になるとは思えないのだが、この胸には一体何が詰まっているのだろうか。


「ごちそうさまでした!スープ美味しかったです」

「ありがとねー。ユイちゃんはたくさん食べてくれるから嬉しいわ」


 食事を作ってくれたおばさんにお礼を言って食器を下げた時、小さな声で、でもわざわざ聞こえるように立てた声が届いた。


「美味しかった~ですって。こんなの、うちじゃ馬も食べないわよ」

「貧乏人はスープの味もわからないから可哀想よね」

「ちょっと、本当のこと言ったら泣いちゃうよ。ねえ、リース」

「え、あ、うん・・・・・・」


 毎日のことなので、私達は特に相手をするでもなく食堂を出た。牛の着ぐるみを着たラミカに続いて部屋に戻り制服に着替える。




 新しい環境に慣れ、仕事に慣れ、良い友達もできた。

 だが肝心の学業が順調かと言われれば、そうではない。先天的な能力に大きく左右される精霊感知や精霊操作などは仕方ないとしても、歴史・地理・算術といった一般教養までことごとく最下位を独占している。


 その原因は言葉にあった。私は文字を誰かに教わったことはなく、本を読みながら土に文字を書いて自分で覚えた。そのため間違って覚えてしまった言葉も多く、授業を理解するさまたげになっているのだ。


 魔術に関する授業はもっと困っている。魔術の仕組みを表すには『古文字アルート』という旧時代の文字を使うのだが、これに至っては唯一手に入れた魔術書である『基礎魔術指南書』を基に自分で解読していた。それゆえ間違いだらけ、勝手な解釈だらけで、今さら一から古文字アルートを学び直しているところだ。




 教室に入り自分の席に着こうとして、机の落書きが昨日より増えていることに気づいた。「バカ」「カス」「ブス」など語彙ごいとぼしい言葉から、性器を表す絵に「使用済み」という文字まで様々だ。今さら一つ二つ増えたところで気にもならないが。


 くすくす、とひそかな笑い声が耳に届いた。朝食のときも私を小馬鹿にしていたアシュリー、カイナ、エリン、リースの四人組だ。中心になっているアシュリーは帝国からの留学生、つまり剣術科のカチュアと同じ立場らしいが、ずいぶんと性格は違うようだ。


「あんな成績で恥ずかしくないのかしら。辞めちゃえばいいのに」

「魔術は才能だからね。血筋が悪いって可哀想かわいそう

「やだー、本当のこと言ったら駄目だよ。ねえ、リース」

「あ、うん・・・・・・」


 こちらに聞かせるための悪口は担任のヒスタリア先生が入って来るまで続いた。


「先生」


 私は手を挙げて立ち上がったが、先生は一瞥いちべつをくれただけ。


「机に落書きをされたので、取り換えてもらえないでしょうか」

「後で拭いておきなさい。授業を始めます」

「落書きした人が消すのが筋かと思いますが」

「誰が書いたんですか」

「わかりません」

「ではあなたが消しなさい。教科書を開いて」


 同じような事があるたびに何度も相談したけれど、万事ばんじがこの調子。どうもこの先生は事なかれ主義な上に感情的な人で、とても頼りにはならない。いちいちアシュリー達を相手にするのも馬鹿らしいと思っていたのだが、休み時間にお手洗いから戻るとラミカが四人組に囲まれていた。思わず教室の入口で足を止めてしまったのは何故だろうか。


「ユイちゃんと同室なんでしょ?可哀想かわいそう

「ラミカちゃん優秀なのに、どうしてあんなのと同じ部屋なんだろうね」

「困ったことがあったら言ってね。私達味方だから」

「ほんとは一緒にいるの嫌でしょ?だったら私達と・・・・・・」

「そんなことないよー」


 ラミカは面倒くさそうに、差し出された手を払いのけた。


「ユイちゃん誰の悪口も言わないもん。つまんない嫌がらせしてくる人の悪口言わないなんて、私には無理だなー」


 私は少し驚いてしまった。人との距離感に敏感なラミカが明確に拒絶するとは、よほどアシュリー達の態度を腹にえかねていたのだろう。さすがにこの四人組も、魔術科始まって以来の天才と噂されるラミカに対しては比較的おとなしい。


 私は噴き出しそうになるのをこらえて教室に入った。得意気に笑うラミカと、なぜか嬉しそうに耳をぴこぴこ動かすプラたんが迎えてくれた。


 これがただの十五歳の女の子なら、もしかしたら困難に負けてふさぎ込んでいたかもしれない。

 だが私は幼い頃から、いや、もっと前から悪意と苦難にさらされてきた。意識がなくなるまでなぐられ、割れた酒瓶でおなかを刺され、だまされ襲われ裏切られ、巨大な人喰い鬼と殺し合った身だ。今さら机に落書きをされたくらいで、陰口を叩かれた程度でこぼす涙など無い。


「アシュリー」

「な、なによ」

「成績が悪くても恥ずかしくなんてないし、私は学校辞めないよ。あなた達が何をしようが絶対に」


 アシュリー達が揃って何かわめいたようだが、そんな言葉など聞く価値もない。


 私は図書室で借りた『古文字アルート入門』という本を取り出し、しおりを抜いてページを開いた。

 私にはやりたい事がある。命をつないでくれた両親に恩を返さなければならない。大切な友達だっている。こんな人達に構っている暇はないのだ。

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