強敵と書いて親友と読む(三)

「魔術師なら何度か斬っ・・・・・・戦ったことがあるけど」


 カチュアがさらっと恐ろしいことを口走ったが、挑発した手前もう後には引けない。木剣ならそう簡単に死ぬこともないだろう、この子の腕前ならちゃんと手加減してくれるだろう・・・・・・たぶん。

 私は十歩の距離をとり、【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】の詠唱を済ませた。


「用意はいい?」

「うん・・・・・・」


 どうも彼女は気乗りしない様子だ。それはそうか、戦う理由が希薄だし一方的すぎる。

 いわば片思いのようなものだ。ならそれでいい、その目を私に向けてほしい。私が好敵手ライバルに昇格すれば、彼女の二年間にも意味が出てくるはずだ。


「いくよ、カチュア!」


 今の私は魔術の効果で人族ヒューメルの限界に近い敏捷性を得ている。通常十歩の距離を三歩で瞬時に詰め、加速度と体重を乗せた横薙ぎを見舞った。受け止められ流されはしたものの、カチュアの顔から戸惑いが消えて漆黒しっこくの瞳に光が灯る。

 少しは驚いただろうか、でももっと違う表情を見せてほしい。速度に物を言わせて彼女の周囲を駆け抜け、擦れ違う一瞬に剣をはしらせる。最初の一撃には対応が遅れ気味だったが、すぐに慣れてしまったようだ。ことごとく完璧な防御に阻まれてその体に届かない。


「草木の友たる大地の精霊、その長き手を以ての者をいましめよ。【根の束縛ルートバインド】!」


 地面に着けた手からカチュアに向けて亀裂が走り、その足元に達した植物の根が噴き上がる。彼女は身を投げ出してかわしたものの、一本だけ細い根が足首に絡まった。それを引きちぎる間に斜め下から渾身の一撃をすくい上げる、受け止めたカチュアの体が僅かに浮き上がる。着地を狙った横薙ぎも受け止められ、続く追撃も体を反転させると同時に受け流された。


「草木の友たる大地の精霊、その命の欠片かけら、集いてはしれ!【葉の旋風ワールリーフ】!」


 ざっ、と木々がざわめいた。数瞬の後、ちぎれ飛んだ無数の葉が渦を巻いてカチュアを包む。背後から膝の裏あたりを狙った一閃も、身をひるがえしての斬り下ろしも剣を立てて防がれた。ほとんど視覚も聴覚も奪われているはずなのに、どうやって私の斬撃を見極めたというのか。

 改めて自分の周囲に全ての葉を集め、波状に叩きつけると同時に低い姿勢から斬り上げる。これも同じ姿勢で迎え撃たれて互いに飛び違い、再び十歩の距離で向かい合う。


「どうなってるの、その強さ。何をやっても当たる気がしないよ」

「日々の積み重ねだよ。それ以外に強くなる方法なんて無い」


 ひそかに練習していた自分の技が全く通じないというのに、私は楽しくて仕方がない。充実感に満ちた笑みを浮かべると、カチュアも同じような顔をしていた。


「さっきと違って、ずいぶん楽しそうじゃない」

「面白いよ、ユイちゃんの戦い方。でももう品切れ?」

「どうかな?もっと楽しませてあげたいな」

「期待してるよ!」


 初めてカチュアの方から仕掛けてきた。磨かれた黒曜石のような瞳、流水のように自然な体捌たいさばき、これが本来の彼女なのだろう。この剣の達人エスペルトは私を相手にどのような剣舞を見せてくれるのか・・・・・・


「ちょっとあなた達!決闘は禁止ですよ!」


 互いの木剣が激突する寸前で停止した。魔術科担任のヒスタリア先生が腰に手を当ててにらんでいる。


「ええと、これは決闘じゃなくて訓練で・・・・・・」

「ユイさん、あなたは魔術科でしょう。そんな物で遊んでいる時間はないはずです」


 そんな物、遊んでいる、と来たか。反論したいのは山々だけれど、今はその時ではない。


「すみませんでした!寮に戻ります!」

「もうすぐ授業が始まりますよ。急いでください」

「はーい!」


 戸惑うカチュアをうながして、そそくさと寮に駆け戻る。もうお風呂に入る時間はない、体を拭いて着替えたらすぐ教室に行かなければ。


「ごめんねカチュア、また後で」

「あ、ユイちゃん」

「ん?」

「私に魔術を教えて。さっそく今日から」

「わかった!後でね!」




 こうして私とカチュアの初めての勝負は、限りなくカチュアの勝ちに近い引き分けで終わった。

 私達はこれから幾度となく、場面を変え立場を変えて剣を交えることになる。

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