強敵と書いて親友と読む(二)

 やはりと言うべきか、カチュアとの訓練は実りあるものだった。たった三日で自分の動きが無駄なく効率的になったと感じる。


「踏み込んだ足に体重を乗せちゃうと、元の姿勢に戻れないよ。腰の上にまっすぐ上半身を乗せる感じで、膝に余裕を持たせて、そう。すぐ動けるでしょ?」


「身体の軸が傾くと次の動作に無理が出て、だんだん崩れが大きくなってくるの。辛くても足を運んで、どんな場合でも軸は傾けないこと」


「予備動作は小さく、最短距離で。攻撃の後が一番隙が大きいから、できるだけ早く元の姿勢に戻って。そう」


 カチュアの説明は論理的でわかりやすく、理にかなっている。感覚的でわかりにくく、擬音だらけの助言をする天才魔術師とはずいぶん違うようだ。短いが内容の濃い訓練を終えてお礼を言うと、遠慮がちに聞いてきた。


「ユイちゃん、あなた素人しろうとじゃないよね?」

素人しろうとみたいなものだよ。本の通りに練習したことがあるだけで」

「あ、そうじゃなくて、実戦で武器を使った経験があるよね?」

「・・・・・・うん、ある」


 冒険者仲間に襲われた時は柄の部分とはいえ小剣を使ったし、格闘術で骨も折った。村が妖魔に襲われた時は手近な鈍器で小鬼ゴブリン食人鬼オーガーと戦った。カチュアほどの達人ともなればそんな事までわかるものなのだろうか。


「何となくだけど、迷いのない意志を感じたから。実戦では少しくらいの技術よりも、いざという時に躊躇ためらわない気持ちの方が大事なんだ。ユイちゃんからはそれが見えるの」

「なるほどね・・・・・・」


 カチュアは実戦の経験があるの?などとは聞かなかった。訓練のみでこれほどの域に達するわけがない、命のやり取りが日常だったと言われても驚かないだろう。だから少し角度を変えた質問をしてみた。


「カチュアはどうして軍学校に入ったの?」

「・・・・・・私ね、帝国から来てるの」

「うん?」

「あんまり驚かないね?」

「ごめん、世間知らずで。帝国はわかるけど事情は全然わかんない」

「ええとね・・・・・・」


 最近まで生まれた町から出ることもなかった私のために、彼女は隣に座って丁寧に説明してくれた。


 この世界で「帝国」といえばハバキア帝国を意味する。私達が住むエルトリア王国の東に位置する大国だ。両国はここ二十年ほど非常に良好な関係を保っており、人や物が盛んに往来している。特に学校や研究所では人材交流を行って互いの文化や技術を取り入れようとしており、この軍学校も年に一~二名程度は帝国からの生徒を受け入れている。

 ただしそこには政治的な意図も絡んでおり、帝国からの生徒は国威を示すため極めて優秀な成績を収めなければならない。そのため剣術科には武門の名家から、魔術科には魔術の名家から選び抜かれた優秀な子弟を入学させているという。


「へえ。じゃあ帝国の貴族なんだ?」

「うん・・・・・・やっぱりあまり驚いてないね?」

「なんだか実感が湧かなくて。それに身分がわかったら態度を変えられるのも嫌でしょ?カチュアとはただの友達になりたい」

「ありがとう、すごく嬉しい」


 すみれの花が開くようにカチュアの表情が輝いた。この子はたぶん、国威や家名という重圧に苦しんでいる。先生や他の生徒からも色眼鏡で見られていることだろう。まだ少女と言える年齢で一人異国に立つ彼女が本当に欲しいものは、何でもない日常を共に過ごせる友人なのだと思う。

 私の方もこれで得心とくしんがいった。軍学校の生徒としてあまりにも高すぎる実力は、武門に生まれ武のみを叩き込まれたからだろう。剣士として優しすぎる性格は、それ以外の道を許されなかった反動だろう。


「でも、その話だと・・・・・・」

「ん?」

「カチュアは二年間、無駄な時間を過ごすことになるよね。ここで新しく学ぶことは少ないだろうし、好敵手ライバルと張り合うこともなく、優秀な成績だけを求められてる」

「うん、まあ、そうなるかな」


 なんだか腹が立ってきた。こんな控えめで可憐な女の子に剣を押し付けて、才能豊かに伸びたかと思えば今度は国威やら家名やらを押し付けて頭を押さえつける。自分達の都合を押し付けるばかりで、彼女自身のことを考える人はいないのだろうか。だからこれほど剣を極めながら自分の将来像を描けずにいるのだ。

 腹立たしさのあまり、私は突拍子とっぴょうしもない提案をしたかもしれない。


「ねえカチュア、魔術を学んでみない?」

「え?突然どうしたの?」

「このままだとカチュアがこれ以上強くなることはないよ。身体能力を強化する魔術もあるから、それだけでも習得できればいいと思う」

「でも魔術が使えるのって、千人に一人なんでしょ?」

「本にはそう書いてあるけど、私は違うと思う」


 私は立ち上がり、お尻についた草を払った。


「この学校に来てわかったんだ、私に魔術の才能は無い。一般の人かそれ以下かもしれない。でも毎日毎日努力して、下手だけど上級魔術まで使えるようになった。だから才能ある人が千人に一人なんじゃなくて、魔術が使えるまで努力した人が千人に一人しかいないんだと思う」

「私にも使えるようになるってこと?」

「うん。剣術をそこまで極めたカチュアが、努力で人に劣るなんてことはない。絶対に使えるようになるよ」

「うーん、どうなのかな・・・・・・」


 煮え切らない反応に少々苛立いらだってしまったのは、先程の腹立たしさが残っていたからだろうか。それとも道を自分で切り開こうとしない彼女をもどかしく思ったのだろうか。

 いずれにしても私はやや挑発的な態度をとってしまった。片手を腰に当て、木剣を地面に向ける。


「じゃあさ。魔術剣士ソルセエストの戦い方、見てみない?」


 何のことはない、試してみたくなったのだ。

 この地味な少女の姿をした達人エスペルトに、今の自分がどこまで通じるのかを。

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