亜人種自治区における産業の調査および振興(三)

 今回の私の任務は『亜人種自治区における産業の調査及び振興』。


 つまりこの亜人種が棲む広大な森の中から有力な交易品を見つけ出し、付加価値をつけたり流通を工夫することで最終的に国益に結び付けるというものだ。まずは交易の場となっているこのフルシュ村を拠点にいくつかの集落を回り、現状を把握する。


 人間に好意的とは限らない亜人種の集落を訪問するにあたって、必須なのが現地の案内である。フルシュ村に住む旧友のプラタレーナ氏にそれを依頼し、快諾を受けた。王国歴二二七年二四三日現地到着、という内容の報告書を昨日のうちに配達員に託してある。……だが。


「全く歓迎されてないねえ。みんな人族ヒューメルが嫌いなのかな」


「……ん、そうかも」


「もしかしてプラたんもそうだった?」


「……どう、かな。わかんない」


 さっそくプラたんに愚痴をこぼすことになった。一角族コルヌスの集落、蜥蜴人リザードマンが棲む沼地、この日訪れた亜人種の集落ではいずれも拒絶され、敵意すら含んだ視線で追い払われたものだ。おまけに。


「……来た。隠れて」


「また?私達を探してるのかな」


「……違うと思う」


 奇怪な鳴き声の主が奇怪な影を落として上空を旋回し、やがて木々のむこうに消えた。


 鷲獅子グリフォンわしの翼とくちばし鉤爪かぎづめ、獅子の身体を持ち空を舞う魔獣。しばしば紋章に使われ勇猛さの象徴とされるが、間近で見るとその大きさと奇怪さに圧倒される。この地では生物の頂点に立つ者として神格化され、生贄いけにえを差し出す種族さえいるという。


「ねえプラたん、もしかしてあまり気が進まない?」


「……そんなこと、ない」


「無理にとは言わないよ。道だけ教えてもらえればいいから」


「……ううん、一緒に、行く」


 さらに気になることに、先程からプラたんの様子がおかしい。時折長い耳を垂らしてうつむき、どこか不安そうに見えるのだ。軍学校では授業でも寮でも仕事でも長い時間を共に過ごしたけれど、こんな彼女を見たことがない。


 やがて鬱蒼うっそうとした森が開け、あふれる陽光を受けてたたずむ巨木と、それにしがみつくような家々があらわになった。噂に聞く森人族エルフの集落に違いないのだが、私達の前に姿を現した人影を見るなり、プラたんは私の背中に隠れてしまった。


人族ヒューメルがここに何用か。返答次第では命は無いぞ」


「エルトリア王国巡見士ルティア、ユイと申します。お互いの利益となる交易のお話をさせて頂けませんか」


「断る。今すぐ出ていけ」


「すぐに交易のことを考えなくていいんです。代表の方とお話だけでもさせてもらえませんか」


「我々は人族ヒューメルとの交易など望んでいない。歓迎する理由もない」


「そんな……」


 門前払いとはこのことか。私達をはばんだ男性森人族エルフの顔立ちは噂以上に美しいが、その表情からは友好の欠片も見出すことができない。巨大な樹の枝に抱かれたような集落を遠目に見上げて立ち尽くしたものだが、彼は私よりも後ろに隠れるプラたんに厳しい目を向けた。


「お前、プラタレーナだろう。来るなと言ったはずだが」


「……」


「ペルーシュの気持ちも考えろ。もう来るな」


「……はい」


 彼女はその声に言い返すこともなく、ただ悲しそうに目を伏せるだけ。私はその様子から事情を悟り、プラたんの手を取って立ち去った。




「ごめんね。事情も知らずにお願いしちゃって」


「……ううん。もしかしたら、お母さんに、会えるかもって」


「わかった。いいよ、言わなくて」


「うん……」


 人族ヒューメルと亜人種は、時に子を成すことがある。

 だがそれは必ずしも異種族間の愛情の結晶であることを意味しない。様々な事情から望まぬ子を宿すこともあるから。プラたんは人族ヒューメルであろう父親の顔も名も知らないという。そういう事だ。


 軽率だった。ハーフエルフだから森人族エルフに顔が利くだろうと、安易な思い込みで大切な友達を傷つけてしまった。

 ただ彼女の小さな手を握って道を引き返した。話しかける言葉もなかった。だからこれは後で聞いた話だ。




 フルシュ村の住民は人族ヒューメルと亜人種の混血が大半を占めるという。

 その多くが親の名も顔も知らぬという。

 双方の種族から差別を受けるがゆえに、身を寄せ合って生きるのだという。


 それを憂いた彼女は、この村の子供達の将来のため、軍学校で正しい知識を身に着けることを決めた。学びながら私と一緒に仕事をしていたのも、村人が出し合ってくれた学費を返すためだ。


 私の大切な友人は、思っていたよりもずっと強くて大人だった。

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