魔術師プラタレーナ

 校舎の地下にある動力供給施設。薄明るい大きな部屋の中には赤、青、黄に鈍く光る巨大な球体、黒、緑、茶に輝く一抱えほどの球体。

 校内の各施設に熱、水、光その他を供給している設備で、それぞれに繋がれた配管が部屋の外まで続いている。


「ごめんねプラたん、しばらく休んじゃって」

「・・・・・・ん」


 人間の頭ほどもある輝く水晶球を赤い球体に触れさせると、水晶球から輝きが失われて赤い球体の光が増した。力を失った水晶球を『魔素貯留槽』と書かれた水槽に沈め、別の水晶球を取り出す。


 私とプラたんはここで「魔術師にしかできない肉体労働」と呼ばれる仕事をしているのだが、私だけここ十日ほどお休みを頂いていた。おかげで充実した夏合宿を送ることができたけれど、彼女にはきっと負担がかかってしまったに違いない。


「忙しかったでしょう?夜中とはいえ一人だったものね」

「・・・・・・そうでもない」

「そうなの?」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 私とラミカとプラたんは休み時間もお昼も一緒に過ごしているし、三人で町にお出かけすることもあるけれど、こうしてプラたんと二人になってしまうと途端に話すことが無くなってしまう。アホの子に見えて実は絶妙な距離感を保つラミカが間に入ってくれているからこそ私達の関係が成り立っているのだろう。


 プラたん、プラタレーナちゃんは、無口で無表情なハーフエルフ。豊かに波打つ亜麻色の髪から細長く尖った耳がのぞく小柄な女の子。授業態度は真面目で土や風の魔術に優れ、成績は優秀。天才魔術師ラミカ、帝国からの留学生アシュリーに次ぐ評価を受けているが、当人はそれを気にするでもなく淡々と課題をこなしている。


 ・・・・・・というのが周囲の評だが、申し訳ないことに私もそれ以上のことを知らない。誰よりも同じ時間を過ごしているというのに、彼女の故郷や家族のことを何も知らないのだ。

 ラミカのように自然に聞き出せれば良いのだけれど、なかなかきっかけが掴めずにいる。今日こそは、と意気込んでは思いとどまる自分がもどかしい。


「そろそろ休憩にしようか」

「・・・・・・うん」


 私達の担当は深夜とあって熱や光の消費量も少なく、百日余りも同じ仕事を続けているため今では結構な余裕がある。こうして向かい合わせに座って休憩する時間も以前より長くなってきた。


「今日はね、町でお菓子買って来たんだ。十日も休んじゃったから、そのお詫びにと思って」

「・・・・・・ん。おいしい」


 焼き菓子を上品に口に運びつつ耳をぴこぴこと動かすプラたん。表情は変わらないけれど、この様子は喜んでくれたと思って良い。


「これね、干した果物が入ってるんだって。プラたん果物好きでしょ?」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 私達人族ヒューメル森人族エルフでは好きな食べ物が違うのだろうか、プラたんは寮の食事を何でも食べるけれど純粋な森人族エルフはどうなのだろうか、お酒を飲んだりするのだろうか。等々いろいろな疑問があるのだけれど、どこまで踏み込んで良いのかわからない。

 どうやら食べ物を切り口にして話題を探す作戦は失敗したようなので、諦めて正面から疑問をぶつけることにした。


「ねえ、プラたんはどうして軍学校に来たの?」

「・・・・・・どうって?」

「プラたんの成績なら魔術専門の学校にも行けたよね?魔術を学ぶなら軍学校よりそっちの方が良いはずだから」

「・・・・・・んー」


 とがった耳がやや下がり、先端が垂れてしまった。これは困惑や不安を感じたときの反応だ、あまり言いたくないことに触れてしまったのかもしれない。


「ごめん、言いたくないなら良いんだ。代わりに私の話をしてもいい?」

「・・・・・・ユイちゃんの?うん、聞きたい」

「私はね、巡見士ルティアになりたいの」

「・・・・・・巡見士ルティア?」

「あ、そうだね。説明するね」


 そういえば、フェリオさんに出会う前の私もこの言葉を知らなかった。巡見士ルティアとはエルトリア王国における役職名であり、その名称自体を知らない者も多いはずだ。私は順を追って説明することにした。


 虐待されて育った幼少期のこと、両親から逃れた先の村で妖魔の群れに襲われたこと、そこで巡見士ルティアのフェリオさんに助けてもらったこと、彼に憧れに近い感情を持ったこと、質入れした指輪を買い戻すためにこの仕事をしていること。


 私の過去を全てを話したのは今日が初めてだ、カチュアやラミカにさえこれほど詳しく語ったことは無い。一つにはプラたんが真剣な表情で、耳を小刻みに動かしながら聞いてくれたからだ。


 プラたんは一言も発していないというのに、私は少しこの子のことがわかったような気がした。この子は相手の言葉をよく聞いている、そして無口なだけに、発する言葉の一つ一つが考え抜かれ選び抜かれたものに違いない。


「・・・・・・私、先生になるの」


 プラたんが声を発したのは、私が自分のことを話し終えてしばらく経ってからだ。


「先生?じゃあ軍学校に残るの?」

「ううん、村の学校」


 今度はプラたんが自分のことを話し始めてくれた。小さくつぶやくように淡々と、でもそれだけに不退転の決意をにじませて。


 彼女はエルトリア王国南東部に広大な領域を持つ亜人種自治区、その入口にあるフルシュという小さな村の出身だそうだ。亜人種や混血児が多く住むその村には小さな学校があり、その先生や村人達がお金を出し合って学校に行かせてくれることになったが、それでもまだ十分な額ではなかった。


 そこで国からの補助のおかげで学費の安い軍学校を選び、本人も在学中に仕事をすることでようやく学ぶことができているのだという。


「そっか。いつも真面目に授業を受けているのは、そういう事情だったんだね」

「・・・・・・ユイちゃんも同じ」

「私?そうだね。私もやりたい事があるし、恩を返さなきゃいけない人達もいるし。仕事も勉強も頑張らないとね」

「・・・・・・だいじょうぶ。ユイちゃんなら」

「プラたんも。きっといい先生になれるよ」

「・・・・・・ん」


 相変わらず言葉少なに、でも僅かに頬を染めて、差し出した手を控え目に握り返してくれた。


 プラタレーナ。無口で無表情で、優しくて思慮深いハーフエルフ。私は改めて、この子の友達であることを誇りに思った。

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