カチュアの細月刀

 少しずつ暗くなるのが早くなってきたと感じ始めた季節。カチュアと私は夕方の自主練を早めに切り上げ、校舎の隣にある建物を訪れた。


 石造り三階建ての魔術実験棟。ここは耐衝撃の結界が張られた実験室や完全に光を遮断した地下室を有し、いくつもの保管庫には様々な材質の杖、魔装具、鉱物、乾燥させた植物、果ては動物の血までが分類・保管されており、それらの品を管理するための職員さんも常駐している。


 西日に照らされた室内には大した設備もなく、いくつかの作業台と椅子が並べられているだけ。だがこれから始める儀式は私達にとって重要な意味を持つ。晴れて魔術の基礎を習得したカチュアのために『媒体』を作成するのだ。


「ねえカチュア、本当に私でいいの?」

「うん。ユイちゃんがいい」


 私達の前には、作業台に載せられた一振りの剣。カチュアが愛用しているりの強い細身の両手剣で、種類を『細月刀セレーネ』というらしい。

 磨き上げられた刀身、黒塗りのさや、柄に巻かれた牛革、柄頭つかがしらめ込まれた黒曜石、全てが完璧な調和を成す工芸品のようで、素人しろうとの私にも極めて高価な品だと知れる。


 私はこれからこの剣に儀式を施し、魔術師カチュアのための『媒体』とする。


『媒体』とは魔術師が魔術を行使するための道具で、優れた素材であるほど、造られてから時間が経つほど、術者の思い入れが強いほど魔術の行使を補助する効果も大きいとされている。古木の杖や貴金属の装飾品などが多く用いられているのはそのためだ。

 正確には『媒体』が無くても十分な魔力と練度さえあれば魔術を発現させることは可能だが、精度と威力が格段に落ちてしまう。


「わかった、じゃあ始めるよ。世にあまね数多あまたの精霊よ・・・・・・」


 左手の短杖スタッフが淡い光を放つ。学校から貸与たいよされる安物の杖、未熟な生徒、たどたどしい詠唱。

 儀式はそれほど複雑でも難しくもないが、当然ながら術者の力や経験によって出来に多少の差が生まれてしまう。魔術科の先生や天才ラミカに頼んだ方が良いと言ったのだが、カチュアはどうしても私が良いと言う。


 彼女はたぶん優れた媒体が欲しいのではなく、私が儀式を施した媒体が欲しいのだと思う。これほどの名剣ならば素材としては申し分ない、ご指名は嬉しいけれど責任は重大だ。


「天より注ぐ光、地を包む闇・・・・・・」


 何故だろう、私もカチュアの存在は特別だと感じている。ラミカもプラたんも共に同じ時間を過ごす大切な友達だ、でも彼女だけは何かが違う。それは何だろう。


「喰らい尽くす火、与え満たす水・・・・・・」


 私にとってカチュアとは何者なのだろう。友達、いや親友と言って良い、でもそれだけではない。好敵手ライバル、そうだけどまだ足りない。そうだ、宿敵。この言葉が一番しっくりくる。


「自由なる風、いしずえたる土・・・・・・」


 彼女と共に過ごせるのはあと一年余り、その後は隣国の高級武官となるはずだ。

 国が違う、身分が違う、卒業すれば二度と会えないかもしれない。でも何故だろう、カチュアと私の人生はこれから何度も交差するような気がしてならない。予感などというものではない、確信めいたものを感じている。


「我ここに約す。なんじらを友とし、いかなる時も共にあらんことを」


 もしかすると近い将来、彼女とは互いの命と体を削り合うような関係になるかもしれない。

 そうなればこの剣は、この剣に込められた魔力は、私の命を絶つために振るわれるのだろう。だとしても、いや、だからこそ私の全てを込めて最高の媒体を作り上げなければならない。




「・・・・・・できたよ」


 鏡のごとく私の顔を映す刀身に、カチュアの名前を意味する古文字アルートが淡く浮かび上がっている。


 我ながら良い出来だ。たとえ未熟な劣等生でも、強い思いを捧げればこれほどの媒体を作り上げることができるのだと誇らしい。ゆっくりと作業台から刀を取り上げ、丁寧にさやに納める。西日が差す小部屋にぱちりと小気味良い音が響いた。


「ありがとう。大事にするね」


 両手で細月刀セレーネを受け取り、一度胸に抱いてから腰に吊るすカチュア。


 もしかすると彼女は、私がこの剣に込めた思いを察しているのかもしれない。私はひとつうなずくと、黒く輝く瞳を見つめ返した。

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