卒業記念試合(七)

 ジュノン軍学校の屋内競技場。その空中に赤、青、黄、緑、魔術で作り出した三十個ほどのこぶし大の球体が浮かぶ。


 満員の観客が見下ろす決勝戦ではあるが、もちろん楽しげに演出しようという意図ではない。私は腰の水袋の紐を解き、砂岩の床に叩きつけた。


あまねく水の精霊、その体を分かち姿を変えよ。【水飛沫スプラッシュフォッグ】!」


 これは水の動きを制御する基礎魔術【水飛沫スプラッシュ】、その応用。飛び散った水が白い霧に姿を変え、競技場の中央を覆った。その中に閉じ込められたカチュアに動きは無い、不用意に動かず周囲の気配を探っているのだろうか。


 その間に赤、青、黄、緑、色とりどりの球体を蹴って宙へ駆け上がる。観覧席ほどの高さで両足の下に【色彩球カラーボール】を三個ずつ出現させ、姿勢を安定させた。




 地上で激しく空を裂く音が連鎖した。素振りで霧を振り払ったカチュアと視線がぶつかる。


「そんな所にいないで、早く降りてきなよ。時間ないんでしょ?」

「まあね、その通り」


 当然ながら見透かされている。上級魔術である【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】は魔力の消費が激しい上に、体への負担も尋常ではない。続けて二度使えるような代物しろものではないのだ。つまり残りの効果時間、三十秒ほどで決着をつけなければ私の負けだ。


「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ。【落下フォーリング制御コントロール】」


「・・・・・・お待たせ。行くよ、カチュア」

「うん」


 詠唱を済ませ、足元の【色彩球カラーボール】を蹴って後方に宙返り。

 黒い瞳が地上で待ち構えている、ただそのまま落下するのではあまりに無策というものだ。


「万里を駆ける風の精霊、我が剣と共に舞い踊れ!【剣の舞セイバーダンス】!」


 模擬剣を手放し、左手の人差し指で弧を描く。それに応えてカチュアの背後に剣が回り込んだ。

剣の舞セイバーダンス】の魔術による遠隔操作、背後から無人の袈裟懸けさがけ。ほとんど気配がないはずのそれを、黒髪の少女は苦もなく受け止めた。


 でもこっちが本命。【落下制御フォーリングコントロール】の魔術で落下速度を緩めた私は、【色彩球カラーボール】を蹴って懐に飛び込んだ。体ごとぶつかっていく両足での蹴り。


 誰にも知られないよう夜中に、それもあざだらけになってようやく習得した奇襲だというのに、カチュアはこれも防いだ。【剣の舞セイバーダンス】を受け止めた右手の剣をそのままに、左腕を胸の前にかざして。


「・・・・・・このおっ!」


 奇術の種は出し尽くした、残り時間もない。体も心もこの二年間も全て両の足に乗せて、文字通り自分の全てを賭けて押し込んだ。


 観覧席から息を飲む気配が伝わってくる。あの達人エスペルトカチュアが仰向けに倒れ、床に背を着いたのだ。


「来い!【剣の舞セイバーダンス】!」


 求めに応じて細身の剣が右手に戻る、そのまま片手で振り下ろす。

 これさえもカチュアは受け止めた。でもさすがに力は入っていない、この体勢では技を出しようもない。両手に剣を握り直して相手の剣を跳ね飛ばし、胸元に剣先を突きつけた。しばらくは身動きする者も無い。




「場外!」




 知っていた。私も、きっとカチュアも。

 たぶん決着をつけたかったのだ、こんな床に書かれただけの線に構うことなく。


 だがそんな思いもむなしく、いつしか私達は、誰かが地面に引いた見えない線に縛られることになる。

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