卒業記念試合(六)

 軍楽隊の演奏が勇壮に響く。私とカチュアが競技場に姿を現すと、万雷ばんらいの拍手と歓声が降ってきた。少し大袈裟おおげさに思えるが、権威付けのためにはこのような演出も必要なのだろう。


 カチュアは慣れたもので自然に歩を進めていくが、私にとっては初めての経験だ。満員の観覧席を見渡してはロット君を見つけて手を振り、ラミカとプラたんを探しては首を伸ばしと落ち着きがない。


「二年生カチュア・ユーロさん、二年生ユイ・レックハルトさん。互いに剣を合わせてください」


 鞘から細身の模擬剣を抜き放つ。かちん、という金属音が意外に大きく響く。水を打ったようにという表現そのままに、場内が静まり返った。




 審判を務める先生の右手が上がり、振り下ろされる。カチュアと私は開始の号令と同時に飛び離れ、鏡に映されたように詠唱を始めた。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」


「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素を贄とし仮初かりそめの血肉となれ!【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】!」


 各所で小さなざわめきが生まれた。カチュアが人前で魔術を披露するのはこれが初めてだ、剣術科の先生も生徒も驚いたことだろう。

 私が軍学校で上級魔術を使ってみせたのもこれが初めてだ、魔術科の先生も生徒も驚いたことだろう。


「はああっ!」

「ええいっ!」


 可憐な少女の掛け声とは裏腹に、響き渡った金属音は激しく重々しいものだった。


身体強化フィジカルエンハンス】の魔術で強化された二人の斬撃は重く強く、馬鹿力の大男同士が戦斧を打ち交わすに等しい。

 だが生まれた衝撃に比べて私達の体重は非常に軽い。互いに弾かれて大きく姿勢を崩したが、素の膂力りょりょくではカチュアが勝り、体重は私の方が少し軽い。先に立て直したカチュアが斬り込む、剣を立ててそれを受け止める。


 しかし腕力のみが強化されているカチュアに対して、私の方は腕力、敏捷性、精密さ、魔力、およそ全ての能力が上乗せされている。その敏捷性を活かして瞬時に跳び離れると、カチュアの追撃は空を切った。おお、と歓声が上がる。


 妙に嬉しそうなカチュアが再び間合いを詰めてきた。彼女は相手の力を利用するのが得意な剣士で、自分から仕掛けることは少ないはずなのに。


 機先を制されたので仕方なく剣を合わせ、体を入れ替えたのを幸いに距離をとる。だが逃れた私に三度みたびカチュアが迫り、競技場の端を示す線に追い詰められてしまった。相手の武器が体に触れるか、この線を二回踏み越えると即負けになってしまう。


「【色彩球カラーボール】!」


 左右の腰の高さに数個ずつの球体を出現させ、一度攻撃の陽動フェイントを入れてから場外に向かって跳躍する。次々と球体を蹴って空中を移動し、最後の一つを蹴ってカチュアの斬撃に空を切らせた。そのまま前方に宙返りして競技場の中央に逃れる。


 頬を伝う汗をぬぐう暇すら与えてはくれない。正直なところこういう戦い方をされては困る。多彩な攻撃が特長の魔術剣士ソルセエストも、守勢に回れば魔術を使う余裕がなくなってしまうから。若くして実戦経験が豊富な彼女のことだ、そこまで考えての戦術だろう。


 大きく息を吐き出すと、カチュアが見たこともない表情をしていた。


「どうして今笑うの?おかしいよ」

「ユイちゃんが強いからだよ」

「それ説明になってない」

「強くなってくれて嬉しいから!」


 直接それには答えず、左手をかざして短く詠唱。


「生命の根源たる水の精霊、来たりて形を成せ!【色彩球カラーボール】!」


色彩球カラーボール】は、無害なこぶし大の球体を宙に出現させるだけの基礎魔術。決して豊かではない私の魔力でも、十分な精神集中と詠唱があれば三十個は一斉に出現させることができる。


「逃がさないよ!」

「逃げるなんて言った!?」


 鋼の刃が十字に噛み合う。火花が散る。重々しい金属音が響く。


 赤、青、黄、緑。決勝戦の舞台は楽しげな色とりどりの球体に彩られた。

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