卒業記念試合(五)
カチュア・ユーロ、十六歳。
ハバキア帝国ユーロ侯爵家長女。家柄と武才に恵まれた天才剣士。性格は真面目で剣術以外の成績も優秀。
肩の高さで切り揃えられた黒髪、黒目でやや小柄、地味に整った顔立ちながら常に表情は硬く、あまり他者と関わることを好まない。
一般的な彼女の印象といえば、こんなところだろうか。
でも私は知っている。確かに控えめで言葉数は少ないが、交流が深くなるほどに豊かな表情を見せてくれることを。照れ隠しで困ったような表情を作ったときが一番可愛らしいことを。愛想笑いが苦手で、本当に面白いときは声を立てず苦しそうに笑うことを。
果実酒が好きでお酒にも強いけれど、寂しくなるためか一人で飲むことはない。実家からお酒が送られてくると私とラミカの部屋に隠しておいてたまに飲みに来る、そしてその量は尋常ではない。
実はあまり剣術が好きではなく、両親に認められたい一心で続けていたらしい。
剣術の大会に出場しても優勝が当たり前、もし負ければ父親から厳しく
息が詰まるような日々から逃れるように剣術に打ち込んでいたが、それ以外の道を知らない自分を変えたいと願ってエルトリアへの留学を決めたという。しかし人見知りの性格が妨げとなって他人との間に壁を作ってしまい、何も得るもののない空白の二年間を覚悟していたが、私と出会って毎日が楽しく思えるようになったと言ってくれた。
酔った勢いで好みの異性を聞いてみたところ、容姿や性格よりも互いの置かれた状況や情景に
出自のためかこれまで恋愛経験もなく、その反動で妄想を膨らませることも少なくない。私とロット君を引き合いに出して、血が繋がっていない兄妹とかいいよね、いいなあ、などと口走ったことさえあるが、彼女は覚えているだろうか。
ユイ・レックハルト、十六歳。
エルトリア王国カラヤ村出身。剣術と魔術の双方を操る
長めの銀髪に碧眼、細身で小柄。繊細な見た目に似合わず肝が据わっており、時折周囲が驚くような行動に出ることがある。
一般的な彼女の印象といえば、こんなところだろうか。
でも私は知っている。確かに芯は強いが、絶対に自分から人を傷つけたりはしないことを。それどころか自分を傷つけた人にさえ配慮ができる、とても優しい子であることを。
勉強に魔術に剣術に仕事にと毎日忙しいのに、友達との時間も大事にしてくれる。いつ寝ているのだろうと思うくらい努力に努力を重ねている。
聞けば軍学校に入る直前までは違う姓で、実の両親に虐待されて逃げ出した先で今の両親に引き取られたそうだ。どんなに辛い人生だったか想像もできないが、未だ全身に残る傷跡がそれを物語っている。
幼い頃から農場や牧場で働いて、両親の分まで炊事や洗濯や掃除や後片付けをして、空いた時間に剣術や魔術の訓練をしていたという。読み書きさえ自分で、それもごみ捨て場から拾った本で学んだという。恵まれない環境に一切言い訳をしない彼女を見ていると、自分の不満や悩みが馬鹿馬鹿しく、恥ずかしく思えてしまう。
全てを否定されてきた
確かに出会った頃は怖いくらいに痩せ細っていたけれど、寮の食事のおかげか次第に均整が取れてきて、国境を越えて会いに来てくれた時など騎士達の間で話題に上るくらい美しくなっているのだが、おそらく本人は気付いていない。
フェリオさんという年上の方に憧れているとの事だが、私が見るにロット君との関係が怪しいと思う。血が繋がっていないのに一緒に住んでいる同い年の兄妹など、意識しないわけがないではないか。
「二年生カチュア・ユーロさん、二年生ユイ・レックハルトさん、第一試合場に入ってください」
その声に目を開けた。競技場前の椅子に座って目を閉じていたら、いつの間にか少し眠ってしまったようだ。この程度で魔力体力が回復するわけもないが、少し頭がすっきりした。
「ユイちゃん、もしかして寝てた?」
「ん・・・・・・そうかも」
「準決勝で疲れちゃったんだね。大丈夫?」
「うん。これで最後だから」
心配そうに覗き込むカチュアが差し伸べてくれた手を握る。豆だらけで皮が厚い、十六歳の女の子とは思えない掌だ。
でも私だって負けてはいない。今日この時のために血のにじむ努力・・・・・・どころではない。自主練で頭から流血して保健室に運び込まれたし、夏合宿ではあまりの厳しい訓練に何度も
血尿が出るまで体を痛めつけたし、魔力と体力を使い果たして昏倒したことも一度や二度ではない。もう一度この二年間を繰り返せと言われても絶対にできない、それほど濃密な日々を過ごしてきた。
「お待たせ、カチュア」
「うん」
この二年間、いつも彼女が隣にいた。私こそ
でも彼女はずっと信じて待っていてくれた、こうして私も応えることができた。それが嬉しい。
「カチュア」
「ん?」
「二年間ありがとう。おかげで私、強くなったよ」
「こちらこそ。ユイちゃんなら絶対ここまで来るって信じてたよ」
私達は軽く拳を合わせると、競技場へと続く扉をくぐった。
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