卒業記念試合(四)

 試合を終えたロット君、カチュアと入れ替わりに競技場に入ると、急に明るくなったように感じた。広い採光窓に加えて、天井の数ヵ所に取り付られた水晶球に光の精霊が供給されているためだ。


 夜中から朝にかけての精霊供給は私の仕事だが、それも明日の卒業と同時に後輩に譲ることになる。眠くて腰が痛くて力仕事で、忙しい日にはプラたんと肩を揉み合うほど大変だったけれど、今日で終わりと思えば寂しくもある。




 情報収集にけたカミーユ君によると、準決勝の対戦相手であるアルバール君は一年生の中では特に文武共にひいでた俊才らしい。確かに細身の長身はしなやかさを感じさせるし、表情からも揺るぎない自信がうかがえる。準々決勝で学内随一の体格と腕力を誇るレイバー君を破ったのは偶然ではないだろう。


「『黄金世代』魔術剣士ソルセエストのユイさんですね。お手柔らかに」

「あ、うん。よろしくね」


 何が気に入らなかったのか、眉をしかめるアルバール君。

 確かに私達四十八期生にはカチュア、ラミカ、アシュリーと極めて優秀な生徒がいるせいか、そのような異称で呼ぶ者もいるという。だが同期生の誰かがそれを名乗り始めたわけではないし、私など彼女らに比べれば大した成績でもない。後輩に名前を知られているのが意外に思えたほどだ。




「準決勝第二試合を開始します。構えてください」


 先程まで不満そうな顔をしていたアルバール君だったが、その声とともに表情が消え、目が細まった。


 この切り替え、集中力、確かに非凡な剣士だと知れる。こうして剣を手に向かい合えばある程度の実力がわかるものだ、剣術だけなら今の私では勝負にならないだろう。

 静まり返る競技場の中央で審判の腕が振り下ろされ、カチュアへの挑戦権を賭けた試合が始まった。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 左手小指にめた真銀ミスリルの指輪を一振り、慣れた詠唱で敏捷性を強化。

 先に打ち込もうとした相手の機先を制してすくい上げる斬撃を見舞ったが、これは鍔元つばもとで受け止められた。噛み合った刃をすぐに離し、背後に回っての打ち込みにも即座に反応される。

 こちらの速度に驚いた様子だというのに、この完璧な防御。さらに五合も打ち合うと余裕が生まれてきたのか、反撃の構えまで見せ始めた。


 やはりだ、この後輩は強い。


 私だって四回戦までは剣術のみで勝ち上がったし、それ以降も【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】の魔術で敏捷性を増した私の動きをとらえた者はいなかった。

 だがこの相手は五感全てを使って私の攻撃を見切っている、さすがに俊才と呼ばれる剣士だ。このまま戦っても勝ち目は無いだろう。


「万里を駆ける風の精霊、我が剣と共に舞い踊れ。【剣の舞セイバーダンス】!」


 距離を取って短く詠唱、腰に吊るした水袋の紐を解いて宙に放り投げる。アルバール君は一瞬それに気を取られかけたようだが、思い直したように私から目を離さない。むしろ好機と見たか床を蹴って距離を詰めてきた。


「水の精霊、我はなんじを解き放つ!【水飛沫スプラッシュ】!」

「くだらない小細工を!」


 宙に広がった水から数本の水流がはしる。それを斬り払ったアルバール君は一瞬視界を奪われたはずだが、すぐに背後に回った私の気配を察した。振り向きざま上段に剣を振りかぶる、その口元が勝利を確信したようにゆがんだ。


「もらった!」


 そう。彼の言う通り、こんなものは小細工だ。私が既に剣を手放していることを気付かせないための。




 こつん。そう表記するしかないような音を立てて、俊才と呼ばれる剣士の頭を叩いた物がある。

 数瞬の沈黙。左の人差し指をくるりと回すと、それに応えてアルバール君の頭上に浮かんだ私の模擬剣が戻って来た。


剣の舞セイバーダンス】は、離れた場所にある武器を操作する魔術。非力な魔術師が武器で戦うために開発されたものだが、詠唱時に持っていた武器でなければならない、それも一本だけ、操作できる範囲は二十歩程度と制約が多く、とても実用的ではないとされている。


 しばらくの沈黙。審判を務める生徒も戸惑ったように左右を見渡すばかり。


「卑怯だ!僕は認めないぞ、剣で勝負しろ!」


 抗議の声、各所から上がるざわめき。先生方が数名集まって協議していたが、すぐに結論は出たようだ。『規則に反する事実なし』と。


 魔術師である私が出場するにあたって一応の規則が定められていたのだ。習得済みのあらゆる魔術を使用して構わない、ただし破壊魔術は禁止、その他は剣術の試合の規則に準ずる、と。


「こんなもの試合じゃない!剣なら負けないんだ、もう一度やり直せ!」


 アルバール君はなおも食い下がっていたようだが、構わず一礼して会場を出た。


 私も承知している。こんなものは子供騙しの術であること、二度と通用しないことは。

 だがその子供騙しに敗れたのは彼の未熟さ故だし、これが戦場であれば背中から刺し貫くこともできた。もし彼の抗議が認められ再試合になれば、今度は別の手を使う。それだけのことだ。

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