卒業記念試合(三)

 打ち交わす剣の響きに歓声が重なる。カチュアの斬撃をロット君が受け止め、跳ね返す。


 ジュノン軍学校の卒業記念試合、準決勝。


 僅か二年でロット君がこれほどの剣士になろうとは、私も想像していなかった。


 村が小鬼ゴブリンの群れに襲われたときは槍を手に右往左往するばかりで、食人鬼オーガーに為すすべもなく跳ね飛ばされた。自警団長を務める父親のカイルさんにも歯が立たず、悔しさのあまり地面に剣を叩きつけていた。そのロット君が今、宙を飛ぶ羽虫さえ両断する達人エスペルトカチュアと互角に十数合を交わしている。


 カチュアの強さは私が一番よく知っている。この二年間、彼女と最も剣を交わしたのは私だから。

 微塵みじんの狂いもない斬撃、一閃で攻撃を兼ねる防御、水が低きに流れるように自然な体捌たいさばき、そして厳しい訓練と経験に裏打ちされた揺るぎない自信。さらには【身体強化フィジカルエンハンス】の魔術まで身に着けて、もはやどんな人が彼女に勝てるのか想像もつかない。




「カチュアの弱点を教えてくれよ」


 組み合わせが発表された日、そうロット君に聞かれた私は少し残念に感じたものだ。自分で観察して考えれば良いではないか、私に聞くなんて卑怯。そう思った。


「自分で考えたら?」

「考えたよ。でもいくらあいつを見ても考えても、勝てる気がしないんだ」

「じゃあ実力が違いすぎるってことじゃない」

「そんなことわかってる。わかった上でどうしても勝ちたい。頼むよ」


 頭を下げられて私は困った。私だってカチュアと戦いたいし、友達の足を引っ張るのも嫌だ。


 でもロット君の覚悟は伝わった。私に卑怯と思われようと、恥を忍んでも必ず勝つという決意。それに思い返してみれば、「ロット君はカチュアに一生勝てない」と言ってしまったのは私だ。彼はまだその言葉に縛られているのかもしれない。


「一つだけ無いこともないけど・・・・・・」


 ロット君の顔が引き締まった。自分の記憶よりも大人っぽい表情を見せられて、少しだけ目をそらす。


「・・・・・・体重差」




 遠間とおまから踏み込んだすくい上げる一閃に、カチュアの体が浮き上がった。おお、と歓声が上がる。着地して体勢を整える間に、また斜め下からの斬撃。受け止めたカチュアの体が僅かに流れる。追い立てるような横薙ぎを受け流してようやく距離をとった。


 体重差。私は二年前、村を襲った食人鬼オーガーを相手に技量では上回ったものの、体格の差に苦しめられた。同じ威力の打撃を交わしても一方的に跳ね飛ばされてしまうのだ。

 私と食人鬼オーガーほどではないが、やや小柄な女性であるカチュアと長身の男性であるロット君では二倍近い体重差がある。もし彼女を崩すことができるとすれば、そこしか無いだろう。


 再び歓声。ロット君が重い斬撃でカチュアを追い立て、砂岩の床に描かれた線の隅に押し込んだ。今度こそ逃がさん、下段に構えたロット君の長剣がそう言っている。


 数瞬の間。次で決めるという明確な意思を察したか、会場が静まり返る。


 左下からの切上。力感と覚悟に満ちた、必殺の一閃。


 だがその刃はカチュアが絶妙な角度で立てた剣の上を滑り、宙に流れた。

 カチュアの剣は速度をそのままに、弧を描いてロット君の背を軽く叩いた。




 三度みたび上がった歓声に、私は大きく息を吐き出した。


「二年生ユイ・レックハルトさん、一年生アルバール・イスト君、第一試合場に入ってください」


 そういえば、と両の掌を何度も握っては開く。じっとりと汗がにじんでいる。

 自分が戦っていたかのように疲れてしまったが、私の出番はこれからだった。

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