卒業記念試合(八)

「むぎゅ・・・・・・」

「ご、ごめん・・・・・・」


 手を差し伸べて起こそうとしたのに力が入らず、カチュアの上に倒れ込んでしまった。

 こんなに筋肉質なのに柔らかい、こんなに汗まみれほこりまみれなのにいい匂いがする、などと余計なことを感じ取ってしまったのは、既に勝負がついているからだろう。




 立ち上がろうとして膝が震えた。剣を持つ手も同じだ。体力も魔力も残らず使い果たしてしまった。

 魔術もろくに使えず、【身体強化フィジカルエンハンス全能力フルブラスト】の効果時間が過ぎた私は、もはや二流の剣士でしかない。いや、全てを出し尽くした今ではそれ以下だろう。審判の先生にうながされ、震える足で開始線に戻ったところでもう何もできない。


「大丈夫ですか?続けられますか?」

「・・・・・・はい」


 再開の号令とともに再び刃が噛み合ったものの、開始直後のような轟音は響かない。小柄な少女二人が細身の剣を打ち合う甲高い金属音が上がっただけ。


 それでも数合打ち合ったのは、私の意地のようなもの。動けなくなるまで、相手の剣が体に届くまで諦めてはいけないと思ったから。


 こちらにとっては精一杯の死闘だったというのに、未だカチュアの剣には一糸の乱れもない。水が低きに流れるような自然な足運び、最短の予備動作から力感のない打ち下ろし。せめてもの反撃に身をひるがえし、空を斬らせての刺突。最初に出会ったときと寸分違わぬ、見惚みとれてしまうほどに美しい剣の舞。


 ああ、綺麗だなあ。


 空を斬った姿勢のまま、相手の剣先が胸元で止まるのを私は黙って見ていた。




 それまで。試合終了を告げる声に、カチュアは剣を引いた。


「勝者、カチュア・ユーロ!」


 勝ったはずのカチュアが歓声と拍手を浴びながらも不機嫌そうな顔をしているのは、私の不甲斐ふがいなさに怒っているからだろうか。好敵手ライバルと宣言しておきながら失望させてしまって申し訳ない。


「ごめんね、カチュア。もう力が残ってなくて」

「・・・・・・ユイちゃんの勝ちだよ」

「何言ってるの?カチュアが優勝したんだよ」

「私の負け。さっき決着ついたじゃない」

「あれは場外だから無効でしょ?」

「床に倒されて剣を突きつけられたのに勝ち?そんなの認めない」

「最初からそういう規則だったじゃない。まったく頑固なんだから」

「頑固じゃないよ。納得いかないだけだよ」

「それを頑固っていうの!じゃあどうすればいいの!?」

「ユイちゃんが優勝ってことにすればいいよ」

「できるわけないでしょ!子供みたいなこと言わないで!」

「いいから!私の負け!」

「他の人には大人しいくせに!私にだけそういう態度、良くないよ!」

「・・・・・・!」

「・・・・・・!」


 しまいにはただの口喧嘩になってしまった。不毛な言葉の応酬にざわめきが広がる。先ほどまで息を呑む死闘を繰り広げた二人の程度の低い言い争いは、先生が止めに入るまで続いた。


 表彰式が始まってもカチュアの不満と私の怒りはおさまらず、二人揃って学長先生に説教される羽目になってしまった。


 魔術科生徒の出場、女生徒同士の決勝戦、魔術剣士ソルセエストの決勝進出、双方が自分の負けを主張する言い争い、表彰式での公開説教、前代未聞だらけの卒業記念試合はこうして幕を閉じた。




 この日の戦いは後年になっても互いが「自分の負け」と主張して平行線をたどるのだが、あくまでも私からの視点で語らせてもらえば「私の負け」で間違いない。


 生涯の親友にして宿敵、カチュアとの対戦成績、一敗と一引き分け。

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