それぞれの決着(一)

 剛勇無双をもって鳴るメドルーサがたおれ、『テゼルト平野の戦い』が諸侯軍の勝利に終わったことで、帝国内の覇権を巡る戦いの趨勢すうせいは決した。

 投降兵を受け入れ、アシュリーを始めとする負傷兵を治療し、軍を再編する五十日ほどの間にも、中立という言葉のもとに日和ひより見をしていた勢力が雪崩なだれをうって諸侯軍に参加したからだ。


 ハバキア皇帝ゲルハルトには二千に満たない直属軍が残されているのみで、もはや帝都ミューズの防衛すらままならないはずだ。その帝都も長らく他勢力の侵攻など想定していなかったため、城壁や防衛設備も最低限のものしか残されていない。




 中立勢力を加え投降兵を吸収した諸侯軍は開戦時よりもむしろ兵力を増し、万を超える数で帝都ミューズに押し寄せた。

 これは『テゼルト平野の戦い』が帝国軍同士の戦いであったため手心を加える者が多く、多数の負傷者を出した割に死者が少なかったことも影響している。


 もはや兵力においても戦意においても差は歴然としており、このに及んで抵抗する者も少ないだろう。あとはこの戦禍の中心、皇帝ゲルハルトを討つのみだ。


 だが私には一つやり残したことがある。フレッソ・カーシュナー、因縁あるあの男が皇帝のもとにいるはずだ。


「一人で大丈夫?バルタザールさんの隊を付けようか?」


「心配性だなあ、カチュアは」


 先程から何度も同じような言葉を繰り返すカチュアに、苦笑いしつつ手甲てっこうを付け直す。混乱する帝都に一人で潜入するのは確かに危険が伴うが、私としては単独行動の方がやりやすい。予想外の事態が起きたとしても、私だけなら身軽さと魔術でどうにでもなるから。


「じゃあ行ってくる。カチュアも頑張って」


「うん。気を付けてね」




 帝都ミューズは五百年に近い歴史を誇る古都。ハバキア帝国の首都となる以前は幾度となく戦禍に見舞われ、支配者を変えてきたという。今日またその時が訪れることになるのだろう。


 街を囲む外壁は古くもろく、ところどころ崩れ落ちている。皇帝軍にもはや市街地全体を守る余裕は無いらしく、細い通路が入り組んだ裏町に侵入することは難しくなかった。


 狭い路地に積み上げられた水桶、木樽、木箱、屋根代わりに張られた天幕。エリューゼと出会った王都フルートの貧民街を思い出す。国は違ってもこのような場所に住む人々の生活は変わらない、貧しくとも懸命に生きる人の今日を奪ってはならない。皇帝ゲルハルトが市民を市街戦に巻き込むような人物でないことを祈るばかりだ。




 既に陽は高く上ったというのに分厚い雲が陽光をさえぎり、雨にもなり切れない水の粒がまとわりつく。

 左右の家からは息を潜める気配。薄手の外套ケープに浮いた水滴を振り落として、薄靄うすもやに包まれた狭い街路を一人進んだ。

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