第二章 ジュノン軍学校

十五歳の夢

 カラヤ村からアカイア市へ徒歩で一日、さらに軍学校があるジュノン市までは駅馬車で三日の行程だ。

 両市を結ぶ街道は整備されていて道中にいくつも宿場町や駅逓えきてい所があり、治安が良いため頻繁に人や馬車が往来している。


「ユイ、馬車の乗り場ってどこだ?」

「この先の広場だよ。ジュノン方面なら南側」

「そっか。馬車なんて乗ったことないからなぁ」

「私も・・・・・・ん?色々あって乗っちゃったことはあるかな」


 そうだ。ラゴスさん達に追われて馬車の荷台に隠れていたら、そのままカラヤ村まで運ばれてしまったのだ。

 私はこのアカイア市で生まれ育ったが、あまり良い思い出はない。外套を頭からかぶり、前の両親や私に恨みを持つ人に見つかりはしないかとつい周りを見回してしまう。


 ジュノン方面への駅馬車を探し、一番近い宿場町までの二人分の運賃、千ペル大銀貨一枚と百ペル銀貨四枚を手渡して切符を受け取り、乗り込んでようやく一息ついた。

 二頭立ての箱馬車に向かい合わせの長椅子が二組。いかにも仲の良さそうな老夫婦と、本を数冊抱えた女の子が先に座っている。失礼しますと声をかけて座り足元に荷物を置くと、御者さんから出発する旨を告げられ、ほどなく馬車は動き出した。


「意外と乗り心地悪いのな」

「うん。町の外に出たらもっと揺れるかもね」


 馬車は初めてかい、お二人は兄妹かい、何歳だい。老夫婦が親しく話しかけてくれたので退屈しなかったし、揺れもそれほど気にならずに済んだ。この老夫婦はエルトリア王国南端のパラーヤという町に行くそうで、これで王国の東西南北すべての端にある町を訪れることになると張り切っていた。

 そうだ、どうせこの世界に生まれたなら、王国どころか世界の端まで見てみたい。いろいろな町でいろいろな人、それどころか異なる種族とも会ってみたい。これからの自分次第でそれも可能なはずだ。


「ロット君とユイちゃんはどこまで行くんだい?」

「ジュノンです。二人とも軍学校に行くんです」

「軍学校?君達も?」


 急に声を上げたのは、今まで本に視線を落としていた女の子だ。

 いや、女の子だろうか?白く繊細な顔立ちと肩までの金髪は中性的だし、体つきも未成熟なためかどちらともつかない。


「失礼、僕はカミーユ。僕も軍学校に向かうところなんだ、よろしくね」


 こちらこそと返事をしたが、私はさらに混乱してしまった。声も男性にしては高いし、名前は男女どちらとも取れる。でも「僕」と言ったので男の子だろうか。


「ユイさんだったね、いま何を考えているか分かるつもりだよ。僕は男だ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、まぎらわしい僕も悪いんだ。よく言われる」


 そして笑った顔は女性にしか見えない。この性別不明ぶりは何か意図があってのことか、それとも単に相手の反応を楽しんでいるのか・・・・・・


「もう一度、今考えていることを当ててみようか?」

「ごめんなさい!もうやめて!」


 私は両手を上げて降参した。どうやら彼の方が一枚上手のようだ。




 カミーユ君はカラヤの隣にあるゼフという村の出身で、王国軍に入って身を立てるために軍学校に行くという。せっかく知り合ったのでこの日は同じ宿に泊まり、夕食を共にすることにした。


「じゃあユイさんは魔術科、ロット君は剣術科?」

「ああ。カミーユは?」

「剣術科だよ。剣はまったく使えないけど」

「どういう事?」

「僕は参謀志望だから、軍略さえ学べればいいんだ。武術は最低限でいいと思う」

「へー。そういう人もいるのか」

「いや、たぶん異端だろうね。武力がある方が有利なのは確かだし。ただ僕がいくら訓練しても強くなれるとは思えないから、その時間を勉強にてようと思う」

「すごいなあ、そんなに考えてるなんて」

「村のみんながお金を出し合って学校に行かせてくれるんだ、一秒も無駄にはできないよ」


 注文していた人数分の麦酒エールが届いた。三人とも王国法で成人として扱われる十五歳なので飲酒が認められているが、そういえば「私」がお酒を飲むのは初めてだ。お金を借りている身でお酒など贅沢かもしれないが、新しい友人と一緒に門出を祝うなら無駄遣いではないだろう。


「ユイさんとロット君は、将来何になりたいの?」

「私は巡見士ルティアになりたい」

「へえ、どうして?」

巡見士ルティアの方に助けられたことがあって。それにこの広い世界を見てみたいな」

「広い世界か、いい夢だね。ロット君は?」

「まだわからないけど、俺も軍に入ろうかな。強くなれば見えてくるものもあると思う」

「何だかぼんやりしてるなあ。王国最強の剣士!くらい言えばいいのに」

「そこまではちょっと。剣の達人、ってとこかな」

「やっぱりぼんやりしてるけど、まあいいか。じゃあ乾杯しよう」


「私は巡見士ルティアに!」

「僕は将軍ヘネラールに!」

「俺は達人エスペルトに!」


 ごん、と木製のコップがぶつかる鈍い音が響いた。

 それぞれの十年後、二十年後を思い描いて笑い合う。十五歳の私達はそれでいいはずだ。

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