才能の差

 カラヤ村を発って四日、私達はようやくジュノン市の土を踏んだ。停留所で御者さんと旅好きの老夫婦と別れ、地図と案内板に従って歩き出す。


「学園都市」と呼ばれるこの町は軍学校だけでなく法学校、農学校、薬学校、様々な職人を育てる職業学校、魔術や薬学の研究所などが軒を連ねており、行き交う人々も私達と同年代の若者が非常に多い。既に陽が沈んでいるというのに活気にあふれているのはそのためだろうか。


「すごいなこれ・・・夜なのにこんなに人が出てるなんて」

「うん。アカイアより明るいくらいだね」

「こういう誘惑に負けないようにしないと」


 ロット君は田舎育ちだし、私は大都市アカイアの出身とはいえ夜に繁華街を歩いたことはない。カミーユ君もこういう街を見慣れていないのだろう、自分をいましめたようだ。


 軍学校には案内板のおかげで迷うことなくたどり着くことができた。辺りはすっかり暗くなっていたが、門の詰所にいた守衛さんに入学許可証と身分証明書を見せて鉄柵を開けてもらい敷地に入る。

 尖塔のあるレンガ造りの高い建物を中心に、白い石造りの平屋がいくつか並んでいる。地図によるとレンガ造りの建物が軍学校で、左右の平屋が男子寮と女子寮のようだ。


「また明日な!」

「それじゃ、明日の入学式で」

「うん。おやすみなさい」


 私はロット君とカミーユ君と別れ、向かって右側の女子寮に向かう。ここでも管理人さんに身分証明書を見せ、ようやく建物の中に入ることができた。明日以降は入学式でもらえる学生証を見せれば自由に出入りできるそうだ。

 学生の部屋は二人部屋で、同室の生徒は昨日からもう来ているらしい。願わくば良い友達になれることを、と念じて扉をノックした。


「はーい。開いてるよー」


 ちょっと間延びした明るい声だ。失礼します、と扉を開けた私が部屋の中に見たものは、牛の着ぐるみだった。


「!???」


 見間違いではない、牛の着ぐるみだ。

 お菓子を食べていた白黒まだらの牛は私を振り返り手を振った。


「ユイちゃんだよね?ラミカだよ。よろしくー」

「あ、う、うん。よろしく」

「下のベッド使っちゃったけどいい?嫌なら代わるけど」

「ううん、いいよ。どこでも寝られるから」

「お菓子食べる?」

「あ、夕食がまだだから食堂に行こうと思ってるの」

「じゃあ案内するよ。ついでに寮の施設も」

「ほんと?ありがとう」


 良かった、明るくて親切そうな子だ。ラミカちゃんは牛の着ぐるみを着たまま、お菓子の袋を片手に食堂まで案内してくれた。食事の時間は決まっているが、それを過ぎてもテーブルに置いてあるパンは自由に食べていいそうだ。子供の頃から食べ物に困っていた私には夢のような環境だ。ラミカちゃんもパンに手を伸ばし、持っていたお菓子をそれに挟んで食べ始めた。初対面ながら、ちょっとこの子の行動は理解しがたい。


「食べ終わった?じゃあ行こ」

「うん」


 次に牛の着ぐるみが案内してくれたのは地下の訓練施設だった。窓から中を覗くと、二十歩四方ほどもある板張りの部屋で木剣を振るっている黒髪の女の子が見えた。

 着ぐるみが入って行ったのは通路を挟んで反対側の部屋だった。こちらも二十歩四方ほどの広さがあり、人間がすっぽり入りそうなガラスの直方体や円筒、ちょっと見ただけでは何に使うのかわからない器具が並べられている。

 中央の台座には石英の大結晶が置かれており、牛の着ぐるみが無造作に手をかざすとそれが白く輝いた。部屋が昼間のように、いやそれ以上に明るくなる。


「ちょ、ちょっと待って。それ【照明ライト】の魔術!?」

「ん?そうだよ」

「私にもやらせて?」

「いいよー」


 ラミカちゃんが【照明ライト】の魔術を解除した。廊下の灯りだけが射し込む薄暗い部屋で、今度は私が石英に手をかざした。


「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明ライト】」


 石英の大結晶は淡く光を帯びたが、先程までとは比べるべくもない。ようやく手元の本が読めるかという弱い光だ。


「ラミカちゃん、もう一度やってみて」

「ん、いいよー」


 再び部屋の隅々まで白い光が満ちた。

 やっぱりだ。この子は詠唱を一瞬で済ませ、大結晶の精霊と膨大な体内の魔素を一瞬で結びつけ、これほどの光として放出させた。魔術師としての力量、体内の魔素の量、【照明ライト】の魔術の練度、いずれも私とは桁違いだ。


「どうやったらそんなに明るくなるの?」

「どうやって?んーーー、ビャッて流したらパッてなるよ」

「ビャッて流す???」

「ユイちゃんのはね、んーーーギュッってしすぎなんだよね。もっとビョッてファッて感じで」

「さっきと違うよ?」


 擬音の多い助言をもらい何度かやってみたが、やはりと言うべきか何も変わらなかった。


「ラミカちゃん、何歳から魔術を使えたの?」

「わかんない。気づいたら使ってた」


 魔術科の子は皆こんな魔力を持っているのかと不安になったが、いくら何でもそんな事はないと思う。

 おそらくこの子は天才だ。幼い頃から当たり前のように魔術に触れてきたのだろう、呼吸したり歩いたりするのと同じように。私達が「歩く」という動作を説明するのが難しいように、彼女は魔術を上手く説明できないのではないだろうか。


「まだやるのー?」

「あ、ごめん。そろそろやめるね」

「お風呂行こー」

「うん。お風呂もあるんだ?」

「そうだよー」


 一度部屋に戻り、着替えを用意してお風呂に向かう。板張りの脱衣場で服を脱いだ私達は、お互いの体を同時に二度見してしまった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 着ぐるみに隠れてわからなかったが、ラミカちゃんの胸囲は既にアメリアさんを上回っている。このまま成長を続ければアカイア冒険者ギルドのレナータさんさえ危ういのではないだろうか。

 ラミカちゃんの方も、あばらが浮いて全身傷だらけの私の身体を見て驚いたのだろう。それについて何も言わないのは、天然ボケに見えて距離感をわきまえているからだと思う。


「入ろっか」

「うん」


 黒っぽい花崗岩かこうがんで造られた浴室は清潔で、一度に十人は入れる大きさがあった。なんという恵まれた生活なのだろう、これなら思い切り学業に専念できそうだ。

 体を洗って湯に浸かると、ラミカちゃんが隣にやって来た。丸い脂肪のかたまりがぽっかりと二つ湯船に浮かぶ。


「はー。重力から解放されるっていいよねー」

「う、うん・・・」


 私の入学前夜は、持って生まれたものの差を嫌というほど意識させられる日になった。

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