軍学校初日(一)

 いよいよこの日が来た。

 フェリオさんにもらった真銀ミスリルの指輪を質に入れ、さらに働き詰めて学費を稼ぎ、新しい家族の元を離れ、四日の旅を経てたどり着いたジュノン軍学校の初日だ。


 とは言っても今日は入学式と簡単な魔力測定しか予定されていない。まずは女子寮で支給された真新しい制服に袖を通した。

 制服とはありがたい、なにしろ私は自分の服など持っておらず、アメリアさん・・・・・・お母さんからもらった二着を持ってきているだけだから。それも胸の部分にメロンが二つ入るほどぶかぶかの服だ。


 それにこの制服はなかなか可愛らしい。白いブラウスに緑と紫を基調としたタータンチェックのベスト、同じ生地のプリーツスカート。私の貧相な身体にはもったいないが、着るべき人が着れば魅力が五割増しになるだろう。そう、たとえば隣で着替えているラミカちゃんのような。緩やかに波打つ紅茶色の髪が制服によく似合っている。


「く、苦しい・・・・・・どうしてもボタン閉めなきゃ駄目かな」

「駄目だよ。ただでさえ目立つんだから」


 しかし彼女はサイズの合うブラウスが無かったらしく、今にも胸ボタンが弾け飛びそうだ。二人がかりでなんとか服に肉を押し込み、隣にある総レンガ造り三階建ての軍学校に向かう。

 創立者の銅像、柱に施された細やかな装飾、複雑な形のガラス窓。寮といい敷地といい恵まれすぎだと思っていたが、後で聞いた話によると王国から多額の補助金が出ているらしい。私は広い入口広間ホールで辺りを見回した。


「ユイちゃん、誰か探してるのー?」

「うん。お兄ちゃんと、道中で一緒になった子もいるはずなんだ」

「へー、お兄さんと一緒に入学なんだ」

「んー・・・・・・うん」


 ロット君と正式に兄妹になったのは十日ほど前なので本人を兄と呼んだことはないが、この場で説明するには事情が複雑すぎる。落ち着かなげに視線をさまよわせる様子に気付いたか、男の人に声を掛けられた。


「新入生かい?道に迷ったのかな?」


 鮮やかな赤毛が印象的な細身の人だ。容姿といい声といい無垢むくな少女の夢に出て来そうな男性だが、同時にやや軽薄な印象も受ける。


「いえ、待ち合わせなんです」

「そうか。その制服は魔術科だね?また改めて」


 去り際の笑顔も素敵だと思うけれど、やはり軽薄な印象がぬぐえないのは取り巻きの女生徒達のせいだろうか。「また後輩に声かけてんの?」「行くよ、フレッソ」などと促されているところを見ると、女生徒に人気の先輩なのだろう。


「フレッソ先輩か・・・・・・」

「おやー?どうしたのユイちゃん、さっそく始まっちゃった?」

「そ、そんなんじゃないよ。何だか不思議な感じがして」

「うんうん、わかるよー。出会いはいつも突然だからねー」


 駄目だこの子、人の話を聞かない。だいたい私は見た目の良い先輩に恋心を抱くような純粋乙女ではない。ないけれど・・・・・・どこか無視できないものを感じるのは何故だろう。


「おーい、ユイ」

「いた!ロット君、カミーユ君!」

「おう、制服似合ってるじゃん」

「ユイさん、こちらの方は?」

「同室のラミカちゃん。よろしくね」

「よろしくー」


 挨拶を交わすなり、男子二人の目がラミカちゃんの胸に釘付けになった。それはそうだ、こんな主張の激しいものが人目を引かないわけがない。ロット君はあのエロガキのお兄さんだから当然としても、カミーユ君も同じとは意外だ。まあ男なんてそんなものか、と前世の記憶をたどり今更ながらに反省する。




「えー。魔術とは本来、人々の生活を向上させるための技術だと考えます。武術もまたしかり、力なき人々を守るための技術です。人に勝る力を得たからといって、決しておごることのなきよう心に鍵をかけ・・・・・・」


 二階部分が吹き抜けになった明るく広い講堂で挨拶しているのは、いかにも魔術師という立派な白髭の学長先生。どうも間延びした人のようで、中身の割に話が長く感じてしまう。

 話によると私達四十八期生は魔術科十二名、剣術科八十九名らしい。これほど人数に差があるとは、やはり魔術を使える人間というのは限られるのだろう。来賓挨拶、各教科の先生の紹介などを終えて講堂から出る。


「いやー眠かったねー」

「おかげで私は眠くなかったよ・・・・・・」


 学長先生が挨拶している間じゅう、立ちながら眠ってしまうラミカちゃんを支えていたので話を聞く余裕もなかった。次は魔力測定だというのに、こんな調子で大丈夫だろうか。


 大丈夫だった。彼女は半分眠りながらも、全ての項目において文句なしの成績を叩き出すことになる。

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