私の人生はここから始まるんだ(二)

 目指す小鬼ゴブリンの巣は町から徒歩で半日ほどの距離で、今日は道中で野営するとの事だった。

 毎日土間で寝ていた私にとって野営は苦にならないし、手馴れた様子で天幕を張り火を起こす先輩達は頼もしい。それに有り合わせの食材で作った豆スープや野草入りの麦粥むぎがゆを文句も言わず食べてくれた。


「あの、ラゴスさん、スープのお味はどうでしたか?」

「あ?まあ、いいんじゃねえか?」

「そうですか。あまり豪華なものはできませんが、何でも一通り作りますので・・・・・・」

「ん?おお。頼むわ」


 頑張って話しかけてみたが、どうやら相手にされないようなので引き下がる。ここまでの道中で一度も話しかけてくれなかったのは周囲を警戒していたからではないか、などと考えていたのだが、それも違うようだ。


 ラゴスさんともう一人の男性、ゲイルさんは葡萄酒を飲みながら談笑している。がははは、ぐははは、という中年男性特有の笑い声が気にならなくもないが、これから一緒に旅をする仲間なのだ。どのような人物かという判断は、少なくとも今回の依頼が終わるまでは保留にしようと思う。


 それよりも私には黒いローブの少女の方が気になった。同年代に見えるこの子はルカと名乗っただけで、やはり話しかけても反応にとぼしい。


「ねえ、ルカちゃんは何歳なの?」

「・・・・・・十五歳」

「そうなんだ、私も十五歳になったばかりだよ」

「・・・・・・」

「出身はアカイア市?」

「・・・・・・うん」

「ラゴスさん達とはいつから一緒に旅してるの?」

「・・・・・・」

「その年で魔術が使えるなんてすごいね。誰に習ったの?」

「・・・・・・誰にも」

「独学なんだ?すごいね」

「・・・・・・」


 私が魔術を使えることは誰にも、レナータさんにも伝えていない。魔術師は極めて希少なため多くの職業で優遇され、特に軍や冒険者に重宝されるが、それは同時に大きな危険を伴う。【開錠アンロック】、【睡眠スリープ】、【不可視インビジビリティ】など悪用が可能な魔術も多いため、身辺で犯罪が起きると真っ先に疑われてしまうのだ。そのため多くの者は国や貴族、あるいは冒険者ギルドに籍を置き、魔術を犯罪に使えば厳罰という条件のもとに身分を保証されている。


「おい、お前ら早く寝ろ。見張りしとくからよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 女性陣に気を使って早く休ませてくれるとは、いかつい外見と不愛想な言動の割に意外と優しいのではないか。それに横幕もある天幕、柔らかい毛布で眠れるなどいつ以来だろう。私は革鎧を外し、小剣を抱えて横たわった。




 異変を感じとったのは夜半過ぎだ。これほど環境が変わっても熟睡できるほど図太くはないし、二度の辛い人生経験から人を信じることに慎重になっている。

 それにこの際言わせてもらえば、この人達は私の信用を得るための言動を何一つとっていない。疑われ用心されて当たり前だ。


 隣で寝ていたルカちゃんが起き上がり天幕を出て行ったのには気づいていた。見張りの交代ならば私も起こしてくれるはずだ、小用だろうか。そう思い外の気配を探ると、魔術の素となる精霊の流れに変化を感じた。何者かが魔術を行使しようとしている、おそらく対象は私だ。


「・・・・・・なる生命の・・・・・・霊よ、・・・・・・の者を・・・・・・にいざなえ」


睡眠スリープ】の魔術だ。詠唱はたどたどしく、精霊の動きにも乱れがある。魔術師としての技量も【睡眠スリープ】の練度も未熟に違いない。


「内なる生命の精霊よ、我が魔素と共に宿りて魂の輝きとなれ。【魔術抵抗カウンターマジック】」


 おかげで私の魔術の方が先に発現した。魔術師は仕組みを理解しているぶん他者の魔術が効きにくい上に、抵抗力を高める【魔術抵抗カウンターマジック】を上乗せすれば格下の魔術はまず無効化できる。


 術者はルカちゃんに違いない、なぜ私に【睡眠スリープ】の魔術を?・・・・・・いや、知らないふりはやめよう、私は最初から違和感を覚えていた。相手が明確に害意を向けてきた以上、自身を守らなければならない。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初めの力を与えたまえ。【身体強化・腕力フィジカルエンハンス・ストレングス】」


 次の魔術を完成させたと同時に天幕の入口が開き、人影が二つ入ってくる。もう何をしようとしているのか明らかだ。


 掌に力を込めると骨がきしんだ。私の腕は細く貧弱だが、今だけは魔術の効果で怪力男性並みの腕力を有している。静かに覆いかぶさろうとしてきた大きな影を待ち構え、側頭部を小剣の柄で思い切り殴りつける。影は悲鳴を上げることもかなわず盛大に転がった。

 もう一つの細長い影を力ずくで組み伏せ、右手首を関節の可動域を超えて折り曲げる。ごきりと鈍い音が響き、今度は盛大な悲鳴が上がった。


「さっきの【睡眠スリープ】の魔術、ルカちゃんだよね?」

「ひっ・・・・・・あう・・・・・・あ・・・・・・」


 小剣と革鎧を手に天幕から出てきた私を見て、魔術師の女の子は地にお尻をついたまま後ずさった。天幕の中から漏れるうめき声を無視して鎧を身に着ける。


「怒らないから答えて。あの人達にやらされたんだね?」

「・・・・・・」

「せっかくの魔術の力をこんな事に使うなんて良くないよ」

「は、はい・・・・・・」


 革鎧を着け終わり、ルカちゃんの目を正面から見つめる。つやのない金色の髪と恐怖に濁った青い瞳、この子が今どのような生活を送っているか私にはよくわかる。


「ルカちゃん、あの人達に酷い事されてるんだね?逃げないように脅されてるんだね?」

「・・・・・・」

「ねえ、私と一緒に来ない?ギルドに報告するとき証言してくれると助かるし」

「・・・・・・」


 しばらく待ってみたが返事はなかった。冷たいようだが、辛い状況から抜け出すのも留まるのも自身の選択だ。この子がそれを選ぶなら仕方ない。


 大きく溜息をついて月明りの道を一人引き返す。私の初めての旅は、目的地にたどり着くことさえできず終わってしまった。


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