さらなる高みへ
私は何も持っていない両手を
「もう一回。もう一回だけいいかな」
「うん、一回だけね。まだ慣れてないから」
拾い上げた模擬剣を右手に提げ、意識を左手小指の指輪に集中させた。
「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて
「【
「【
私の詠唱にカチュアの声が重なる。大男が鉄杭を打ち込むような重々しい音を立てて模擬剣が十字に噛み合い、やや押された私の姿勢が僅かに崩れる。その機を見逃すような相手ではない、
「だめだあ。参りました」
「ユイちゃんのおかげだよ。魔術を教えてくれたから」
カチュアは大きく息を吐き出して額の汗を拭った。まだ魔術の基礎を習得して半年余り、初級魔術とはいえ消耗が激しいのだろう。
【
カチュアが僅か半年でこの魔術を習得してしまうとは思わなかった。それも剣術科の授業や私との自主練の合間を縫ってだ。どれほどの時間を割いて努力を重ねたものか想像もつかない。
その結果、彼女は女性ゆえの身体能力の不利という唯一の弱点を補完した。もともと剣術科の先生方でも相手にならないほどの腕だったのだから、もはやどんな人がこの子に勝てるのか想像がつかない。
おそらくこの一年間、彼女は伸び悩んでいた。指導者も
もちろん友人としても魔術の師としても嬉しい、嬉しいのだけれど・・・・・・なんだか親友が手の届かない場所まで駆け上がってしまったようで、少しだけ寂しさと悔しさを覚えてしまった。
「うーん・・・・・・」
数刻後、私は図書室の机に数冊の本を広げて
本はいずれも『
魔術と剣術の双方を操る『
一方、創作物の類は
「ふぅ・・・・・・」
「ユイちゃんが溜息なんて珍しいね。どうしたの?」
遠慮がちに声を掛けてきたのはリース、腰まで伸びた黒髪が印象的な女の子。おとなしく控え目な子で、つい先程まで気配すら感じなかったほどだ。
「ごめん、変な声出しちゃって。実はね・・・・・・」
リースは自己主張をしないぶん人の話をちゃんと聞いてくれるし、思慮深くて口も堅い。このような場合の相談相手としては最適なのかもしれない。ちょうど一人で資料を漁ったり考えたりすることに疲れてきてもいたこともあり、話を聞いてもらうことにした。
二年生から始まった破壊魔術の授業ではラミカやアシュリーに力の差を見せつけられているし、今日はカチュアの相手にもならなかった。私は魔術師としてラミカに遠く及ばず、剣士としてカチュアの足下にも及ばない。今後どれほど努力を重ねようとも彼女らと肩を並べられる気がしない、と。
「才能とか素質とか、そういう言葉を使っちゃえば楽になるんだけどね」
黙って話を聞いていたリースは、やはり遠慮がちに口を開いた。
「えっと・・・・・・ユイちゃんでもそんな気持ちになるんだね。ちょっと意外かも」
「そう?ずっと思ってるよ、ラミカやカチュアには勝てないなあって」
「どうしても勝たなきゃ駄目、なのかな」
「え?」
「ユイちゃんは
「それはね、私の意地」
確かに私の夢は
でも私はカチュアに会ったとき最初に言った、対等の友達になりたいと。彼女が天まで駆け上がるなら私もそう
「すごいね、ユイちゃんは」
「そうかなぁ。魔術も剣術も中途半端でぼろ負けしたのに」
私は行儀悪く両手で頬杖を突いたものだが、育ちの良いリースは
「その、気に
内気で決して口数の多くないリースが
「私にとってユイちゃんは、物語の主人公なの。誰よりも強くて優しくて、どんな困難にも負けないで、私みたいな弱虫にも勇気をくれるの。だからね、ええと・・・・・・」
私は苦笑いどころか
リースは魔術の名家に生まれたものの、才能に恵まれず酷薄な扱いを受けて育ったという。境遇は違っても同じように魔術の才に恵まれない私に自分を重ねているのかもしれない。
「リースは私が強くなったら、カチュアに勝ったら嬉しい?」
「うん!ユイちゃんならできるって信じてる」
珍しく即答したリースについ笑ってしまった、黒髪の奥から覗く目がいつになく輝いている。
「わかった。
根拠も無ければ妙案も無い、もちろんあのカチュアを相手に勝算など無い。それでも勝つと言えたのはこの子のおかげだ。
リースは私に勇気をもらったと言ってくれたけれど、実は反対だ。リースが私に勇気をくれたのだ。
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