夏合宿二年(一)
小鳥のさえずり、木々のざわめき、どこからか水の流れる音。歩いてきた山道を振り返れば『学園都市』ジュノンの町が小さく見える。
今年の夏合宿初日はカチュアと二人、この名も知らぬ山中で一泊する予定だ。
武門に生まれ育ったカチュアは十四歳にして遠征軍の部隊長を務めたこともあり、その際には険しい峠を越えたというが、なにしろ帝国貴族の娘だ。遠征先でさえ部下が天幕を張り、火をおこし、温かい食事を作ってくれるのが当たり前だったという。
この軍学校で野営などの知識は得たものの実践する機会は無く、それをもどかしく思った彼女は私と山中で過ごすことを思い立ったらしい。
「この辺でいいかな。天幕を張るから準備して」
「まだ陽は高いけど、もう準備するの?」
「うん。暗くなる前に拠点を作っておくよ」
まだ夕刻とは言えない時間だが、野営や食事の準備にはそれなりの時間がかかるものだ。開けた場所に荷物を下ろし、丈夫そうな枝に紐を掛けて天幕を張る。
それらの作業をカチュアは興味深そうに、でも決して手を出すことはなく
「ユイちゃんすごいね、こんな事までできるんだね?」
「うん。必要に迫られてだけど」
真冬に家を追い出されたこともあったし、食べる物がなくて川魚を捕まえたこともあるし、少々傷んだ食材でも火を通せばなんとか食べられる。あの幼少時代を肯定する気にはなれないけれど、おかげでいつどこで何があっても生き延びられる自信がある。
一方カチュアはというと、実は事前の準備から手間取った。何を用意したら良いのかわからないというので水と着替えと雨具と毛布だけを用意するよう伝えたところ、枕や本や大量の非常食まで詰め込んできて私が用意し直すことになったくらいだ。
「焼けたよ。さあ食べよう」
「あ、あの、それを食べるの?これから料理するんじゃないの?」
「これで出来上がりだよ。何かおかしい?」
「その、魚の形がそのまま残っているのはちょっと・・・・・・」
棒に刺した川魚の塩焼きを差し出したところ、侯爵令嬢は座ったまま後ずさりしてしまった。軍学校の食事でも魚料理は出ていたけれど、確かに丸ごと原形をとどめたような
「わかった。じゃあ別なの作るよ」
「わがまま言ってごめん・・・・・・」
これは私の配慮が足りなかったかもしれない。魚を
「今度は何?」
「これはリタの芽。若い芽は生でも食べられるけど、おいしくないよ。タロの根と一緒に煮込んだけど、これなら食べられる?」
「うん、おいしい」
「ええ?嘘だよ。栄養はあるけどおいしくないはずだよ」
嘘をつくことが苦手なカチュアは言葉に困ったのか、眉を思いきりしかめて苦笑いしてしまった。
美味しいはずがないのだ。子供の頃に読み漁った『食べられる野草図鑑』にもそう書かれていたし、自分で食べてみても苦味が強く決して美味しくはなかった。この子の口に合うはずがない。
「ごめん、ちょっと水飲んでくる」
「あ、駄目だよ、川の水をそのまま飲んじゃ。必ず一度沸かさないと」
調理を終えて空いた鉄鍋で豆を炒り、お湯を注いだものを飲んで体を温める。その頃にはすっかり真夏の空を星々が
「ごめんね、私から誘っておいて何もできなくて」
「ううん、嬉しいよ。カチュアが自分から何かやりたいなんて言ったのは初めてだから」
「でも本当は剣術の訓練したかったでしょう?」
「それはいつもやってもらってるから」
そう。この
そのカチュアが今日のことを願い出たとき、とても嬉しく思ったものだ。私を頼ってくれたことを、わがままが言える相手だと思ってくれたことを。対等の友達だと思ってくれていることを。
「ねえ、他の子達は今頃何をしているのかな」
「ラミカは家でお菓子食べてるんじゃない?プラたんは結構寝てばっかり。リースは大抵図書室にいてね・・・・・・」
他愛無いことを話しているうちにいつしか夜が更けたのだろう、急に肌寒さを覚えたので毛布に落ち葉をかぶせて横になる。
「ありがとうユイちゃん、おかげで貴重な経験ができたよ。私、
真夜中だというのに、お互いの顔が見えるほど夜空が明るい。雲一つなく晴れわたっているのに星が少ない。紫色の大きな月と銀色の小さな月が寄り添うように浮かんでいるからだ。
『
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