テゼルト平原の戦い(一)

「カチュア、手の調子はどう?」


 久しぶりに強い陽光が差し込む朝。部屋に入るなり不躾ぶしつけにそう尋ねた私に、彼女はすぐに答えなかった。ゆっくりと何度も指を曲げ伸ばし、陽にかざし、そして最後に強く握る。


「うん、もう大丈夫。今度こそ負けない」


「そうだよ。今度は私もいるんだから」


 いつ以来だろうか、軽く拳を合わせて微笑む。


 試合で雌雄を決したこともある。命を賭して剣を打ち交わしたこともある。互いに捕らえられたこともある。いつでも特別な存在として意識し合い、傍にいない時もその影を追っていた。

 だからこそ。こうして肩を並べて戦えることが嬉しい、この子と一緒ならどんな相手にだって勝てるような気がする。




 明るい廊下の向こうから律動的な足音が近づいてきた。過剰な陽光を片手でさえぎる、その下に姿を現したのはアシュリー。


「あら、仲の良いこと。覚悟はできたのかしら?」


「うん。治療ありがとう、アシュリー」


 憎まれ口を叩いたというのに素直にお礼を言われて、アシュリーは反応に困ってしまったようだ。口をとがらせて横を向いてしまう。

 軍学校での盗難事件をきっかけに、この子は変わった。以前のような高慢さを出そうとしてもどこか悪者になりきれず、かといって素直にもなれない照れを隠せていない。それが可愛らしくて、私はカチュアと顔を見合わせて笑い出してしまった。


「それじゃあ行こうよ、三人で」


「ちょ、ちょっと、何すんのよ」


 私はアシュリーの手を掴むと、無理やり引っ張り出した。すっかり元通りになったカチュアの右手がそれに重なる。


「我が友人カチュアとアシュリー、そしてその祖国のために」


「大切な友達のため、守るべき人達のために」


「わ、私だって負けられないわ、私自身のために」




 温かくて柔らかい、頼もしい友人の手に挟まれて、私は声を張り上げた。


「絶対勝つよ!」


「おー!」


「あ、当たり前でしょ!」




 使い込まれた黒鎧、業物わざものの黒い細月刀セレーネ。以前より少し伸びた黒髪をなびかせて黒馬にまたがるは、諸国に武名を轟かせる『黒の月アテルフル』。

 ロシュフォールさん、ネストールさん、バルタザールさん、三人の護衛騎士に囲まれたカチュアは、彼らより二回りも小さい体に他を圧する存在感を帯びていた。


「進発します!勝利を我が手に!」


「勝利を我が手に!!」


 私が知る限り人見知りで控え目なはずの彼女の声に、精強をもって鳴るユーロ侯爵軍、続いて全軍が唱和した。

 天をき地を揺るがすその声に身震いする。もしかすると私の親友は、歴史の教科書に名をしるされるような人物なのかもしれない。

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