真銀の指輪(三)

 翌朝、私はロット君と一緒に細工屋さんに向かった。

 小さな村には不釣り合いなほど立派な店構えで、刀剣類や鎧の部品、金属、硝子ガラス、木、紙など様々な素材の装飾品が並べられており、奥では数人の職人さんがそれぞれの作業台に向かっている。


「親方、これなんですけど・・・・・・」

「ほう、真銀ミスリルだな。どれ」


 ロット君に親方と呼ばれた人は、大柄な体を縮こまらせて虫眼鏡を取り出した。渡した指輪を黒い布の上に置き、角度を変え、ひっくり返し、陽の光にかざす。あまりにも丁寧に何度も繰り返すので、失礼とは思いつつもつい聞いてしまった。


「どうですか・・・・・・?」

「全て真銀ミスリルで造られているし、土人族ドワーフの手による細工、保存状態、どれも完璧だな。上物じょうものだ」

「価値は・・・・・・?」

「うちで買い取るとしたら二十万ペルだな」

「にじゅう!!!?」


 質素な家庭なら家族四人が二年は暮らせるような金額だ。多分これだけで軍学校の学費と滞在費をまかなえてしまう。


「良かったなユイ。これで一緒に軍学校に行けるぞ!」

「う、うん・・・・・・」

「買い取りだな?じゃあ今お金を用意するから・・・・・・」

「あ、あの、ちょっと待ってもらえますか?」


 昨夜この指輪に価値があると聞いてから、ずっと考えていたのだ。

 魔術の媒体として身に着ければ私の魔術は強化されるかもしれないが、自身の大きな成長は望めない。

 売って学費にすれば私自身の力が身につくかもしれないが、二度と手に入らない貴重な品を失ってしまう。

 それに・・・・・・フェリオさんにはちょっとした憧れのような感情もある、かもしれない。将来のためとはいえ彼から頂いた品を売ってしまうのは抵抗がある。なんとか売らずに済む方法はないものか、と。


「これを質草にして、二十万ペル貸して頂くわけにはいきませんか?もちろん利息はお支払いします」

「そうだな・・・・・・うちは質屋のような事はやってないが、お嬢ちゃんは村の恩人らしいしな。期限はどれくらいだ?」

「二年です。軍学校を卒業した時にお返しします」

「わかった。商売だから利息はきちんともらうぞ。二年後に二十二万ペルでいいか?」

「はい!それでお願いします」


 必ず買い戻すからね、それまで待っててね、と祈りを込めて真銀ミスリルの指輪を手渡した。代わりに渡された布袋はずっしりと重く、初めて見る一万ペル金貨が二十枚、間違いなく入っている。


「ありがとうございます。必ずお返しします」

「質草は受け取ったんだから、うちが損することはないさ。頑張れよ」

「はい!」




 昨夜カイルさんから軍学校についての話を聞いて、一応の計算はしてある。

 学費は全寮制の寮費も含めて二年間で十万ペル。毎日三回食事が出るので、基本的にこれ以上の固定費はないはずだ。滞在費を五万ペルと見積もれば総額で十五万ペル。

 在学中も学業に差し支えない程度なら仕事も認められているので、一日四百ペルを一年に二百日ずつ稼ぐことができれば二年で十六万ペルになる。とても甘い皮算用かわざんようかもしれないが、可能性があるならやってみたい。


「あのさ・・・・・・ユイ、お前すごいよな」

「え?」


 帰り道そのような考え事をしていると、突然ロット君に言われて驚いた。


「全然甘えてないっていうか、自分の力で生きてるって感じでさ」

「それは・・・・・・甘えられる人がいないだけだよ」

「俺なんか親に学費出してもらうのが当たり前と思ってて、学校に通いながら働くなんて考えもしなかった」

「それが普通だと思うよ。私は貧乏だから無理しなきゃいけないっていうだけで」

「そうじゃないよ。何て言うかさ・・・・・・」

「どうしたの?」


 私はまだ杖を突いて歩いていたので、立ち止まったロット君を振り返るには何度か姿勢を変えなければならなかった。


「読み書きだって、剣術だって、魔術だって、一人で学んだんだろ?それも働いて、家事もしながら」

「うん」

「俺なんか全部面倒見てもらって、剣術だって父さんに教えてもらったのにこの程度で、挙句あげくお前に助けられて」

「そんなこと・・・・・・」

「だから決めた。お前より恵まれてるんだから、お前より努力して絶対強くなる。ならなきゃいけない」

「ロット君は強くなるよ。でも私も負けないからね、そのつもりで」

「ああ。見てろよ!」


 うん、とうなずいて軽く拳を合わせた。

 お世辞ではなく、彼はきっと強くなる。体格や才能の問題ではなく、強くなりたいと本気で思い始めたから。

 私も負けていられない。自分がなりたいものになるには、まだまだ力が不足しているから。

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