最果ての魔術師(四)

『領主様』の頭髪の色に合わせてか、赤で統一された大広間。謁見の間を思わせる装飾と本人の芝居がかった所作がどうにも気にさわる。


 彼は先ほど見た胸像と肖像画よりも軽薄そうな微笑を浮かべて段上から私を見下ろすと、左手を軽く振って村人と使用人を下がらせた。どこまでも傲慢な男だ、王侯貴族にでもなったつもりだろうか。




「俺の領地にようこそ。歓迎しよう」


「お言葉ですが、この村はエルトリア王国の直轄地です。あなたは領主ではなく、勝手にその責務の一部を代行しているだけです。公式には何の権限もありません」


「今はな。先輩後輩のよしみだ、俺を領主に推薦してくれないか」


「お断りします。この村の階級制度はエルトリア王国法第五条『国民たる条件と権利および義務』に抵触ていしょくする可能性があります」


「ふん、利いたふうなことを。お前はわざわざそんな事を言いにここまで来たのか?」


 国法を根拠に問い詰めているのは私のはずなのに、肝心なことを言い当てられて言葉に詰まった。公式には国内の不正をただ巡見士ルティアとしてこの村の調査に来たのだが、確かに本心は別の所にある。

 フレッソ・カーシュナー、軍学校の先輩であるこの人との対話は前世の記憶を思い起こさせるのだ。


「ユイ・レックハルト、お前の元の名前は何という?」


「……わかりません。記憶が曖昧あいまいで」


「まあいい、一つ当ててやろうか。お前は前世では男だった」


「……」


「どうやら図星か。そうだろう、【転生リーンカネーション】の対象者は理想の容姿を得るのだからな。多くの者は美貌びぼうの異性となる」


 【転生リーンカネーション】。エルトリア王国のみならず世界中で禁忌とされている魔術であり、その資料を収集するだけでも罰せられるという。


 私がその対象となった記憶はもちろん無いが、彼の言うことに思い当たる節はある。翠玉エメラルド色の大きな目、まっすぐに伸びた銀色の髪。過酷な幼少期のため傷だらけで小柄で痩せ気味ではあるが、確かに自分が理想としていた異性の容姿に間違いない。


「ではフレッソ・カーシュナー、あなたは女性だった……?」


「答える義務は無いな。前世の事など知らん、今の俺が全てだ」




『領主様』は満足そうに口元をゆがめ、玉座のごとき椅子に深く座り直した。


「で、どうだ。俺と一緒に二度目の人生を思い切り楽しまないか」


おっしゃる意味がわかりません」


「この村を見ただろう、この世界の奴らは支配されることを当然と思っているのさ。従える者と従う者しかいないなら、俺は従える側になる。男と生まれたからには金も女も力も、何もかもこの手につかんでやる。お前なら理解できるだろう」


「いいえ、彼らは望んであなたに従っている訳ではありません。あなたこそこの世界の住人なら、この世界の法に従うべきです」


「法!法だと!?俺はこの世に生まれて十数年、奴隷小屋で鞭打たれ屈辱のうちに過ごした。殴られ蹴られ捨てられ獣に食われかけ、全てを奪われた。国や法など何の役にも立たん、頼れるのはおのれの力のみだ」


「あなたがしている事はただの復讐です。大袈裟おおげさな事を言っている割に、やっている事は弱い人々への八つ当たりでしかありません」


「なんだと……?」


 美貌の魔術師は立ち上がり、憎悪を満たした目で私を見据えた。鮮やかな赤毛が燃え盛る炎のように揺れる。


 彼の不幸な生い立ちには同情するが、共感はできない。私も同じような幼少期を過ごしたけれど、言い訳せずに努力を重ね多くの人に支えられて今の自分がある。自分が辛い目に遭ったからといって、他人にそれを強いて良いなどとは到底思えない。




「武力と権力をもって民をしいたげる行為、許可なく領主を名乗る行為。いずれもエルトリア王国の巡見士ルティアとして、いえ、この世界に住む者として看過できません」


 二人では広すぎる大広間に緊張が走った。無意識に左手が腰のあたりを探ったが、そこに愛用の細月刀セレーネは無い。

『領主様』が手元の鈴を鳴らすと六名の武装した兵士が私を取り囲み、美青年の顔に浮かんだ表情は憎悪から余裕に切り替わった。


「自分の立場がわかっていないようだな。敵地でとらわれ、杖も剣も奪われたお前などもはや巡見士ルティアでも魔術師でもない」


 赤毛の男はゆっくりと近づき、私のあごをつまみ上げた。


「今のお前は、ただの女だ」

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