エルトリア王国公職試験(五)

 エルトリア王都フルート、王宮近くの練兵所にて行われる公職試験は二日目を迎えていた。

 巡見士ルティア二~三名、一代限りの騎士エクエス若干名の募集に対して、受験者は約二百五十名。承知してはいたが、かなりの狭き門だ。




 昨日の一般教養試験はそれなりに出来たと思う。


 問:「我が国の南端に位置するベリア半島の気候的特徴と特産品を二つ答えよ」

 答:「南からの暖流の影響で一年を通して温暖多湿、磁器、葡萄酒」


 問:「エルトリア王国法第三条『貴族特権』に、附則『権利の一時停止とその条件』が定められるに至った事件の名を答えよ」

 答:「ルルイエ伯爵の反乱」


 軍学校での一般教養の成績はアシュリー、プラたんに次ぐ三位。一年生のとき成績が振るわなかったのは独学で学んだ文字に間違いが多かったせいで、このような学習が苦手なわけではない。

 それに国内外を巡る巡見士ルティアには地理が重要とフェリオさんから聞いて、地理や地方の歴史に関する書物を図書室で片端から読み漁ったものだ。そのあたりの自信はある。


 問題は今日、明日の予定で行われる武術試験だ。


 軍学校の卒業記念試合にて準優勝、あの『達人エスペルト』カチュアに惜敗という結果は自信につながっているし、今や村の自警団に私と剣を打ち交わせる人はいない。だが正騎士やこの場にいる受験者の方々と比べて自分がどのあたりに位置しているのか、それがわからない。


 武術試験は受験者同士の対戦を数名の試験官が見て評価するという形式なのだが、巡見士ルティア一代騎士エクエスを目指す者のほとんどは武術にけているはずだ。歴戦の戦士に当たってしまえば苦戦は免れない、それについてフェリオさんの助言は「全勝しなくても良い」というものだった。


一代騎士エクエスは武力が重視されるけど、巡見士ルティアはそれほどでもない。必ず全勝するという考えは捨てた方がいい」


「【身体強化フィジカルエンハンス】の魔術は体に負担がかかるようだね。君はまだ成長途中なんだ、一日に何度も使うものじゃない」


「試験官は意外にちゃんと見ているよ。目先の勝敗よりも試験に臨む姿勢、現在の実力、若ければ将来性などだね。彼らの印象も考えた方がいい」


 つまり一か八かの賭けのような勝負や、小手先の魔術を使った奇襲などは避けた方が良いということだろう。




「一〇五番、ユイ・レックハルトさん」


 はい、と答えて案内された試合場では、既に大柄な男性が待っていた。隆々とした体躯に大剣、擦り切れた衣服。歴戦の傭兵といった風体で、にたりとしか表記できないような笑い方をした。


「お姉ちゃんも騎士になるのかい?こいつは参ったな」

「はい。そのつもりです」


 平然と言い返した私は自分の体に問いかけてみた。軽い緊張を覚えるが、これは自信の表れだ。呼吸に乱れもなく足も軽い、足場も悪くない。十分に力を出せそうだ。


 次いで心の目を対戦相手に戻した。おそらくこの人は身体能力と経験において私に勝っている、剣術だけでまともに戦えば勝ち目は薄いだろう。

 だがそれだけに私をあなどっているようだ、そこに勝機を見出すことができるのではないか。審判の手が振り下ろされると同時に左手を一振り、小指にめられた指輪が青銀色に輝いた。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」

「うおおっ!?」


 開始早々、魔術の力を上乗せした上段からの打ち下ろし。まさかこれほど小柄で細身の娘が食人鬼オーガー並みの腕力を有するとは思わなかったのだろう、軽く受け止めようとした男の顔から余裕の笑みが消え、驚愕の表情が取って代わる。


 満身の力を込めて押し返そうとする相手に構わずさらに押し込み、さらには剣から片手を離して力ずくで大剣を奪い取る。それを軽々と頭上で旋回させて相手の首筋に押し当てると、顔じゅう冷や汗だらけの男が両手を上げた。


「それまで。勝者一〇五番」


 相手に大剣を返して丁寧に一礼すると、大きく息を吐き出した。意外と緊張していたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る