エルトリア王国公職試験(六)
受験者二百五十余名のうち
初日の一般教養試験の出来は良かったし、昨日の武術試験では二勝を挙げて、これ以上は無いという結果で今日を迎えた。
疲労はほとんど無い。第一試合では【
第二試合はもっと楽だった。若い、と言っても私より年上であろう相手だったが、技術でこちらが勝っていると判断して剣術のみで早々に勝利を収めることができた。
試合後に聞いたところ王都勤めの兵士さんで、試験を受け続けて三年目だそうだ。故郷の彼女のために何年かかっても
だが。この第三試合の相手はそうもいかないようだ。
年の頃は三十歳くらいだろうか。中背ながら均整の取れた体、着古した軍服、垂直に剣を掲げるその所作、充実した気力、どれを取っても明らかな強敵だ。
ただ私はどこか違和感を覚えた、他の受験者と何かが決定的に違う。その正体に気付かぬまま試合が始まってしまったこと、やや心が乱れたまま戦ってしまったことが勝敗を分けたのかもしれない。
ルッツさんというこの方は思った通り、いや予想を上回る剣士だった。
【
私はここに至って、ようやく先程の違和感の正体に気付いた。
その覚悟の差が決め手となったか。短くとも激しい剣戟の末、愛用の
「あの……」
遠慮がちに言葉を掛けると、驚いたようにルッツさんが顔を上げた。胸の内の誰かと話していたのであれば申し訳ないけれど、どうしても気になったことがある。
「ずいぶんと思い詰めているように見えましたけど、何か思うところがお有りですか?」
「いや、これはすまない、私個人の事情でね」
彼が抱えている事情も気にかかるけれど、本当の疑問は別のところにある。
この人は確かに優れた剣士であり、精神、技術、身体能力の全てを高い水準で兼ね備えているが、それでもカチュアには遠く及ばない。実力的にはどちらが勝ってもおかしくない勝負だったはずなのに、最後には私の『
「そうか、軍学校を卒業して
静かに語ってくれた彼の事情とは、私が思っていたよりずっと重いものだった。
数年前まで騎士の身分であったルッツさんは、領地内で起こったある事件をきっかけにその資格を剥奪されたという。事件の渦中で妻を亡くして以降は酒浸りの日々を送っていたが、夢に出て来た妻に諭されて心を入れ替えこの試験に臨んだ。
「そうでしたか。興味本位で聞いてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、話してみるとかえって落ち着いた。次は
握り返した右手は分厚くがさついていたし、近くで見ると眉間に深く苦悩の跡が刻まれていた。
人にはそれぞれ事情があり、思いがある。今の私にできるのは、彼の願いが叶うことを祈ることだけだ。
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