エルトリア王国公職試験(六)

 受験者二百五十余名のうち巡見士ルティアとなる者は二~三名、一代騎士エクエスとなる者は四~五名。公職試験三日目、今日で全てが決まる。


 初日の一般教養試験の出来は良かったし、昨日の武術試験では二勝を挙げて、これ以上は無いという結果で今日を迎えた。


 疲労はほとんど無い。第一試合では【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】の魔術を使ったものの、激しく剣を打ち交わしたわけでもないので体への負担は最小限で済んだ。


 第二試合はもっと楽だった。若い、と言っても私より年上であろう相手だったが、技術でこちらが勝っていると判断して剣術のみで早々に勝利を収めることができた。

 試合後に聞いたところ王都勤めの兵士さんで、試験を受け続けて三年目だそうだ。故郷の彼女のために何年かかっても一代騎士エクエスになってみせる、と意気込んでいた。




 だが。この第三試合の相手はそうもいかないようだ。


 年の頃は三十歳くらいだろうか。中背ながら均整の取れた体、着古した軍服、垂直に剣を掲げるその所作、充実した気力、どれを取っても明らかな強敵だ。


 ただ私はどこか違和感を覚えた、他の受験者と何かが決定的に違う。その正体に気付かぬまま試合が始まってしまったこと、やや心が乱れたまま戦ってしまったことが勝敗を分けたのかもしれない。




 ルッツさんというこの方は思った通り、いや予想を上回る剣士だった。


身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】の魔術で人族ヒューメルの限界まで敏捷性を高めた私の斬撃をことごとく受け止め受け流し、【根の束縛ルートバインド】の魔術も身を投げ出してかわし、【色彩球カラーボール】を足場にした空中からの奇襲も寸前で受け止める。


 私はここに至って、ようやく先程の違和感の正体に気付いた。手練てだれの剣士はたいてい傲慢なほどの自信に溢れており、戦い自体をたのしむ者が多い。だがこの人からは愉悦ゆえつを感じない、それどころか敗北は許されない、絶対に負けられないという思い詰めた表情さえ見せているのだ。


 その覚悟の差が決め手となったか。短くとも激しい剣戟の末、愛用の細月刀セレーネが私の手を離れ、地面に突き立った。ただ勝者であるはずのルッツさんにも笑顔は無く、荒い息をついてただ垂直に剣を掲げるのみ。




「あの……」


 遠慮がちに言葉を掛けると、驚いたようにルッツさんが顔を上げた。胸の内の誰かと話していたのであれば申し訳ないけれど、どうしても気になったことがある。


「ずいぶんと思い詰めているように見えましたけど、何か思うところがお有りですか?」

「いや、これはすまない、私個人の事情でね」


 彼が抱えている事情も気にかかるけれど、本当の疑問は別のところにある。


 この人は確かに優れた剣士であり、精神、技術、身体能力の全てを高い水準で兼ね備えているが、それでもカチュアには遠く及ばない。実力的にはどちらが勝ってもおかしくない勝負だったはずなのに、最後には私の『巡見士ルティアになって世界を巡る』という思いの強さをルッツさんの執念が上回った。その強さがどこから来るものか知りたかったのだ。


「そうか、軍学校を卒業して巡見士ルティアにね。道理で若いのに良い腕だ。私はね……」




 静かに語ってくれた彼の事情とは、私が思っていたよりずっと重いものだった。


 数年前まで騎士の身分であったルッツさんは、領地内で起こったある事件をきっかけにその資格を剥奪されたという。事件の渦中で妻を亡くして以降は酒浸りの日々を送っていたが、夢に出て来た妻に諭されて心を入れ替えこの試験に臨んだ。


 一代騎士エクエスとして公職に復帰し、妻の魂を救い自らの汚名をすすぐ、そのためには全てをなげうち鬼をも斬る覚悟であると。


「そうでしたか。興味本位で聞いてしまって申し訳ありませんでした」

「いや、話してみるとかえって落ち着いた。次は一代騎士エクエス巡見士ルティアとして会うことを願っているよ」




 握り返した右手は分厚くがさついていたし、近くで見ると眉間に深く苦悩の跡が刻まれていた。


 人にはそれぞれ事情があり、思いがある。今の私にできるのは、彼の願いが叶うことを祈ることだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る