エルトリア王国公職試験(四)

 建国以前から交易の拠点として栄えた古都、エルトリア王都フルート。今日初めてここを訪れた私の印象は、『雑多な町』というものだった。


 古い家屋と新しい店が雑然と立ち並び、街路は複雑に入り組んで旅人を惑わせる。間違えて暗い裏通りに踏み込んでしまい、そこを住居にする人々からにらみつけられて慌てて引き返す。

 高台に見える王宮を目指してひたすら歩いたのだが、どういう訳か一向に近づいた気がしない。どうにか王宮近くの宿屋にたどり着いた頃には、すっかり日が暮れていた。




 カラヤ村から徒歩と馬車で三日の旅。わざわざ一人でこんな所まで来たのは、年に一度行われる公職試験のためだ。日程表によると裁判官や行政官の試験は既に終了しており、私が目指す巡検士ルティア一代限りの騎士エクエスの試験は明日から三日間の予定で行われる。


「うん・・・・・・?」


 宿で出された夕食は川魚の蒸し焼き、芋のスープ、玉ねぎのサラダなど彩り豊かなものだったが、どうも味が今一つな気がしてしまった。


 いや、子供の頃はろくに食べる物も無かった私だ。温かい料理が食べられるだけで有難いし、文句をつける気は全くない。でもお母さんが作ってくれる南瓜かぼちゃのスープや、軍学校でいつでも食べられたパンなどに比べると数段劣るような気がしてしまう。


 考えてみれば、村ではその日獲れたばかりの食材をすぐ調理していたのだ。産地からの輸送に時間がかかる都会では食材の鮮度が落ちるのは仕方ないのだろう。【保存プリザーブ】の魔術が使えれば良いのだけれど。


「あの、すみません。このあたりでお風呂に入れる場所はありませんか?」

「お風呂に・・・・・・?」


 食事を終えた私は宿屋の受付で聞いてみたのだが、何故か怪訝けげんな顔をされてしまった。それどころか上から下まで値踏みするような目で見られている。


「表通りの『水晶の泉』という宿にならありますよ」

「・・・・・・? ありがとうございます」


 私はお風呂が好きだ。子供の頃は冷たい川の水で体を洗う生活が続いていたからかもしれない。

 今住んでいるカラヤ村には公共の沐浴もくよく場があり、一日おきに温かい湯船に浸かることができる。軍学校のお風呂も大きくて清潔だった。でも何といっても最高だったのはカチュアの家のお風呂だ、毎日あの大理石の湯船を独り占めできるなんて羨ましい。


 表通りに出ると、薄暗い夜道にきらびやかな王宮が浮かび上がった。おそらくあの王宮も軍学校と同じように、魔術で光や水や熱が供給されているのだろう。

 巡見士ルティアであるフェリオさんは一年のうち五十日ほどをここで過ごすという。私も明日からの試験に合格すればそうなるはずだ、どんな生活が待っているのだろうか・・・・・・




『水晶の泉』という宿屋はすぐに見つかった。おそらく魔術による照明だろう、その宿だけが白い光に照らし出されていたから。店構えからして高級感に溢れ、中に入るのが躊躇ためらわれる。


 勇気をふり絞って扉を開けてみたが、やはり場違いだったようだ。きらめく照明、重厚な建具、贅を凝らした調度品。客のすべてが貴族や大商人といった様子で、私のように旅服に水桶を抱えた者など一人もいない。


「お風呂ですか?五〇〇ペルです」

「・・・・・・」


 苦笑いを浮かべ、無言で一礼して宿を去った。


 子供の頃、牧場と農場で一日働いた給金が合わせて四〇〇ペル。軍学校の動力供給が三時間で四五〇ペル、今日の宿代が二食付きで五〇〇ペル。旅費は多めに持ってきているし旅の汚れも落としたいところだが、さすがにこの値段では諦めるしかない。


 仕方なく井戸水をんで部屋に戻った。寝台と毛布だけの粗末な部屋で水桶に手をかざし、【加熱ヒート】の魔術で水を温める。しばらくすると湯気が上がってきた。


 夜道に浮かんだまばゆいばかりの王宮を、ぜいの限りを尽くした宿屋を思い出す。あれほどの照明、溢れるほどの水や熱を供給するには、どれほどの設備と魔術師が必要になるだろう。

 軍学校では周りが魔術師ばかりなので忘れていたが、本来は動力供給ができるほどの魔術師など千人に一人もいない。お風呂くらいと軽く考えていたが、それに必要な経費はまさに王侯貴族でもなければまかなえないのだ。


 この日通りかかった暗く湿った路地裏、そこに布を張って住居にしていた人達を思い出す。そこに住む子供達はお風呂に入ったことなどないだろう。幼い頃の私と同じように、もしかしたらそれ以上に飢えているのかもしれない。


 いつの世、どこの国でも不公平や不公正は存在する。世の中こんなものだろうとは思う。

 でも、もう少しやりようがあるのではないか。もう少し平等でも良いのではないか。私が公職に就くことで、巡見士ルティアとして働きかけることで、少しだけでも彼らの人生を変えることができるなら。この二度目の人生は意味あるものになるのではないか・・・・・・


「あつっ!」


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、お湯が熱くなりすぎていた。

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