エルトリア王国公職試験(三)

 着替えを済ませたフェリオさんが宿から出てくるのを見て、軽く頭を下げる。村の若者達と変わらない普段着のはずなのにどこか洗練されて見えるのは、私の贔屓ひいき目だろうか。


 私はといえば外出用の服など持っていないので、仕方なく選んだのは軍学校の制服。緑と紫を基調としたベストとスカートは十分に可愛らしいけれど、この田舎村ではかえって目立ってしまうかもしれない。


「それは軍学校の制服だね?よく似合っているじゃないか」

「フェリオさんのおかげです。あの指輪が私の道を切り開いてくれました」

「道が開けたのは君の努力だよ。僕はきっかけを作ったに過ぎない」


 穏やかな声、笑うと虹彩こうさいが見えなくなる目。先程はこの切れ長の目で冷たく見下ろされて震え上がったものだが、今は怖さの欠片も感じられない。どちらが本当のフェリオさんだろうか、とつい覗き込んでしまいそうになる。


「それにしても、あれほど剣術と魔術を使いこなすとは思っていなかった。驚いたよ」

「でもフェリオさんにはかないませんでした」

「これでも腕に覚えはあるんだよ。まだ負けるわけにはいかないな」

「ところで、今回はどんな用事で来られたのですか?」


 フェリオさんはこの時期、二年続けてカラヤ村を訪れている。エルトリア騎士団による小鬼ゴブリン討伐の裏事情を探っていたようだが、昨年私達が小鬼ゴブリンを全滅させてしまったため今年は騎士団による討伐は行われていない。今年はどんな用件で来たのだろうか。


「君に会いに来た」

「えっ!?」

「軍学校の規律正しい生活を終えて、公職試験にはまだ間がある。気が緩んでいないかと思ってね」

「うっ・・・・・・その通りです」


 確かにその通りだった。今一つ勉強にも身が入らず、剣術も魔術も何一つ上積みができていないような気がして焦っていたところだ。


「ユイ君のことだから、十分に努力はしているだろう。逆にやりすぎていないか、焦って何も手につかなくなっていないか、それが心配だった」

「・・・・・・それもその通りです」

「そんな時はね」


 またフェリオさんの目が細くなった。精悍な顔が急に柔らかくなる。


「そんな時は、少し休んでみるといい」

「うーん・・・・・・」

「僕もそうだった。ちょうどこれくらいの時期に、焦るばかりで何も進まなくなった。そんな時に勉強しても無駄なんだ」

「そうなんですけど・・・・・・」

「さっき十分に訓練しただろう、今日はもうお休みだ。僕に村を案内してくれ」

「いいですけど・・・・・・小さな村ですよ?」


 本当に小さな村だし、フェリオさんだって何度も訪れているはずだ。案内する場所なんて無い。

 それに・・・・・・まだこの人には言っていないが、私が生まれ育ったのはこの村ではない。




 でも違った。フェリオさんは村を案内してほしいのではなく、私を休ませるため、ただそれだけのために来てくれたようだ。その証拠に彼が聞きたがったのは村の名所などではなく、軍学校での出来事や友達のことばかりだった。


「ラミカちゃんって子と同室だったんですけど、かなりの天然ボケなんです。最初の出会いからして牛の着ぐるみ着てて・・・・・・」


「カチュアっていう帝国からの留学生とお友達になりました。すごい剣の達人で、休み中に会いに行ったら軍隊みたいな生活してて・・・・・・」


「ロット君は強くなりました。最初はひょろひょろだったんですけど、もう顔つきや体つきまで変わって。きっと隠れて努力してたんだと思います」


「フェリオさんから頂いた指輪を買い戻してからは、魔術の威力が段違いで。魔人族ウェネフィクスに勝てたのも、この指輪のおかげです」




 時折目を細めて私の話を楽しそうに聞いてくれた。夕刻まで何もせず、ただ椅子に座って。ただそれだけ。


「世界中を巡る夢、叶うといいね」

「はい!そのためにも必ず、巡見士ルティアになります!」


 この日私は夕食の後、早々に毛布にくるまってしまった。こんなに早い時間に眠くなったのはいつ以来だろうか、しばらく眠れないのをいいことに勉強ばかりしていたような気がする。


 ただ翌朝お母さんに「ユイちゃんずいぶん幸せそうな顔で寝てたわね」と言われたのは、誰にも言わないでおこうと思う。

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