エルトリア王国公職試験(二)

 もう何度目だろうか。相手の体に当たっても仕方ないとまで思った打ち込みをかわされ、木剣で軽く打ち据えられた。


「っ・・・・・・そんな・・・・・・!」

「そんなはずはない、かい?」


 切れ長の目が私を見下ろす。こんなものか、君には失望した、とその目が言っている。

 私が憧れたフェリオさん、命の恩人の巡見士ルティアさんはこんなに怖い人だっただろうか。


「もう終わりにするかい?」

「・・・・・・いえ」


 どうやら私は思い上がっていたようだ。

 軍学校であの達人エスペルトカチュアと互角の勝負をして準優勝。もはや魔術抜きでもカイルさんより強い、このあたりの町や村でまともに戦える人は少ないだろう、それは事実だ。だが私がこころざしたものはその程度だったか?


 フェリオさんと同じ巡見士ルティアになって世界中を巡る。そのためには公職試験に合格するだけでなく、あらゆる危難を排す力と知識が必要だ。私が目指すものは村一番の剣士などでは断じてない。カイルさん・・・・・・お父さんも私の慢心に気づいていたのだろう、だから黙って見ている。


 このままでは終われない。フェリオさんを失望させたくない。それに私が簡単にあしらわれては、決勝戦の相手だったカチュアまで軽く見られてしまう。それだけは絶対に、たとえフェリオさんでも許せない。




 木剣を杖にして立ち上がり、大きく息を吐き出した。左手を天にかざし、小指にめられた指輪に精神を集中させる。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】!」


 小石だらけの地面を蹴る。十歩の距離が瞬く間に詰まる。木剣が空を裂いて激突する。静かな村に響く乾いた音に、広場にいた数人が振り返った。委細構わず打ち下ろし、反撃の一閃に空を切らせて再び距離をとる。


「草木の友たる大地の精霊、その長き手を以て彼の者をいましめよ。【根の束縛ルートバインド】!」


 左手に応えて地面に亀裂が走り、フェリオさんの足元から草木の根が噴き上がる。横に跳んでかわそうとしたその足首に数本の根が絡まり動きを封じる、そこに斬撃とともに体ごとぶつかっていった。勝負を賭けた一撃だったというのに、これも受け流されて姿勢を崩す。


 根を引きちぎったフェリオさんが間合いを詰めてくる、速い。魔術で敏捷性を高めていなければ逃れることはできなかっただろう。再び左手を一振り、短く詠唱。


「生命の根源たる水の精霊、来たりて形を成せ!【色彩球カラーボール】!」


 赤、青、黄、緑、フェリオさんの周囲に色とりどりのこぶし大の球体が浮かぶ。それらを打ち払う隙に【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】」を解除、入れ替わりに腕力を強化。


「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初かりそめの力を与えたまえ。【身体強化フィジカルエンハンス腕力ストレングス】!」


 急な戦術の変化に驚いたか、うなりを上げる木剣を受け止めたフェリオさんの体が流れる。反対からの横薙ぎでさらに崩し、渾身の打ち下ろし。愛用の細月刀セレーネであれば下級妖魔を真っ二つにするほどの斬撃だ。だが必殺の斬撃は絶妙な角度で掲げられたフェリオさんの木剣の上を滑り、虚しく地を叩いた。


「良い打ち込みだ。戦術、技術、気迫、ともに申しぶんない」


 言いつつ、すれ違いざまに木剣で横腹を撫でられた。




 戦術を工夫し、魔術を駆使し、本気で打ち込んだ上での敗北はこたえるけれど、心のどこかにフェリオさんは私など届かない存在であってほしいという気持ちもあったかもしれない。


 久しぶりに力を出し切って座り込む私を見下ろすフェリオさん。その瞳からはもう怖さは感じられなかった。

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