エルトリア王国公職試験(一)

「バーツさん、腕にばかり力が入って体が流れています。力を入れるのは体幹です」

「ベイト君、踏み込んだ足に体重が乗って、戻れなくなってる。腰の上にまっすぐ上半身を乗せるの」


 ジュノン軍学校を卒業して五十日が過ぎた。


 軍学校卒業、卒業記念試合準優勝、などという実績はこの田舎村ではなんだか凄いことらしく、しばらく自警団の指導者を務めることになった。確かに今の私は魔術抜きでも、自警団長のカイルさん・・・・・・お父さんよりも強い。このあたりの町や村でまともに戦える人はそういないだろう。


 一緒に軍学校に通ったロット君とカミーユ君はエルトリア王国軍に入り、既にアカイア市で新人訓練が始まっているはずだ。なんだか先に大人になられてしまったようで落ち着かない。


 私だって巡見士ルティアになって世界中を巡るという夢を諦めたわけではない。ちゃんと勉強はしているし、それなりに訓練も積んでいる。

 ただ、目標の公職試験まで五十日を切ったというのに漫然と日々を送っている気がしてならないのだ。




「うーん・・・・・・」

「どうしたユイ、お前にわからない事は俺にも答えられんぞ」


 自警団の早朝訓練と農場での仕事を終え、午後から自警団詰所の机を借りて勉強というのが最近の日課だ。受付や留守番、簡単な事務仕事を手伝うこともある。私はその机の上で教科書に顔をうずめてしまった。


「あ、いえ。なんだか焦ってしまって」

「お前は自分に厳しすぎるからな。少し息抜きしたらどうだ」

「そうですね・・・・・・」


 お茶をれて木のコップに注ぎ、片方を自警団長のカイルさん・・・・・・お父さんに手渡す。

 この季節、暖炉には火が入っていないが、そこは魔術師の端くれだ。【加熱ヒート】の魔術でお湯を沸かすなど造作もない。


「おお、早いな。魔術とは便利なものだな」

「こうして生活に使うのが魔術の真価です」

「たまに老成したようなことを言うな、お前は」

「ふふ、学長先生の言葉です」


 父親と二人でお茶を飲みながら世間話、ようやくこんな時間が当たり前になってきた。


 親子とはこういうものなのだろうか。まだよくわからないけれど、こうして同じ時間を過ごすことで感謝を伝えることができれば良いと思う。

 軍学校での生活や友達のことなど他愛もない話をしていると、入口の扉に取り付けてある鈴が鳴った。


「失礼します。団長殿はいらっしゃいますか?」


 少し青みがかった鉄灰色の髪、笑うと見えなくなるような切れ長の目。私がその人を忘れるわけがない。


「フェリオさん!!!」

「やあ、ユイ君。無事に卒業したようだね」

「はい!」




 憧れの人との再会を喜んだのもつかの間。寸刻の後、私は詰所前の地面にいつくばっていた。


「どうした、腕がなまったかい?巡見士ルティアになるんだろう?」

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