ジュノン軍学校卒業式

「卒業生代表、カチュア・ユーロさん」

「はい」


 剣術科主席のカチュアが壇上で答辞を述べる。私はそれを誇らしい思いで見上げていた。


「異国の民である私を温かく迎えてくださり、感謝の気持ちで一杯です。この二年間、学友に囲まれ楽しい時間と貴重な経験を・・・・・・」


 ただ私は前世において、卒業式などというもので感動したことは一度もない。退屈な無味乾燥の数年間が終わって次の段階に進むというだけで、ふける感慨も惜しむべき別れもなかったから。




 魔術科主席はアシュリー。


「反省もあります、後悔もあります、道をたがえたこともありました。でも皆さんのおかげでこの日を迎える事ができたことは、私にとって・・・・・・」


 プライドの高い彼女が壇上で泣き出したところを見ると、やはり留学生としての重圧があったのだろう。

 一年生の頃は人を見下した言動が目立ち、特に私には執拗に嫌がらせを繰り返していたものだ。だが盗難事件をきっかけに謝罪するに至り、以降は心を入れ替えたように学業に励んでいた。




 アシュリーと一緒に嫌がらせをしていたエリンは、卒業式を終えると誰と話すこともなく去っていった。

 ちょっと可哀想な気もするけれど、私が話しかけたところで慰めにはならないだろう。




 カイナはアシュリーと一緒に泣いているようだが、未だに彼女からの謝罪の言葉はない。

 表面的な友人は多いし多くの男子生徒と浮名うきなを流したようだが、どこか底が知れない子のように思える。この涙も嘘っぽく見えてしまうのは私の先入観のせいだろうか。




 リースはどこまでも静かに、教室の隅でただ荷物の整理をしている。

 だが長い前髪の奥で瞳がうるんでいる。一度は学業不振を理由に卒業を諦めたほどだったが、毎日遅くまで図書室に残るなどの地道な努力が報われる結果になった。よかったね、と声を掛けると、うなずいた拍子に大粒の涙がこぼれ落ちてしまった。




 ラミカ。この子が同室で本当に良かったと思う。

 席次はアシュリーに次ぐ次席。魔術師としての能力は底が知れないほどだが、一般教養などの成績は下位であり、授業態度も褒められたものではなかったため評価を落としたようだ。

 だがアホの子に見えて意外と周りに気を遣うところがあるので、もしかすると留学生のアシュリーに主席を譲ったのかもしれない。本人に聞いてもまともな答えは返ってこないだろうけど。




 プラタレーナ、通称プラたん。口数の少ないハーフエルフ。

 二年間一緒に動力供給の仕事をしたし休憩時間も一緒にいたけれど、あまりお互いの話をすることはなかった。私よりラミカと仲が良いのだろうと思っていたけれど、卒業式が終わるなり私にしがみついて泣きだしてしまった。


「プラたん!?どうしたの?」

「やだ・・・・・・もっと、一緒にいたい」

「そうだね。楽しかったものね」


 優しく背中を撫でると、感情を示す長い耳が垂れ下がってしまった。あまり表情に出さないだけで、私やラミカとの時間を大切に思ってくれていたのだろう。もう少し色々な話をすれば良かったと後悔する。


「いつか会いに行くよ。プラたんが住んでいる町、見てみたいな」

「ほんとけ?約束だど?」

「ん?うん。約束する」


 フルシュ村という彼女の故郷は亜人種が多く住む緑豊かな村だという。最後に言葉が強烈になまったような気がするが、たぶん気のせいだろう。




 いくつもの別れを終えて校舎の外に出ると、正面に黒塗り四頭立ての馬車が横付けされていた。

 その馬車に見覚えがある、乗ったことさえある。帝国の軍服に身を包んだ黒髪黒目の女生徒は、たぶん私を待っていてくれたのだろう。


「お別れだね、カチュア」

「うん。ユイちゃんのおかげで楽しかったよ」

「私も。二年間、いろいろあったね」

「あったね。部屋に行ったらみんな着ぐるみ着てたりとか」

「みんなで町に行ったら門限に間に合わなかったりとか」

「池で溺れて水飲んじゃったりとか」

「お風呂でお酒飲んで気持ち悪くなったりとか」

「夜中に【色彩球カラーボール】に乗るのに失敗して池に落ちたりとか」

「内緒で特訓してたのに。見てたの?」

「見てたよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 私はどうしてこの子にかれたのだろう。剣舞があまりにも美しかった、確か最初はそれがきっかけだ。


 可憐さと強さが共存する危うさも、なんだか放っておけないと思わせる。万事控え目なくせに私にだけ遠慮がないのも、特別扱いされているようでいとおしい。


 でも一番の理由は、私達がどこか似ているからだ。


 彼女も決して両親と折り合いは良くないという。侯爵家の子女として、武門の娘として期待されてはいるが、カチュアという人間を愛しその成長を喜んでくれてはいない。

 自分の価値を信じることができないから、全てを忘れようと何かに打ち込む。だが時折思う、自分は逃げているだけではないかと。


 でも自分と同じように、いや、それ以上に辛い思いをして努力を重ねる人がいた。自分の全てをぶつければ相手の全てが返ってくる。その相手を認めることで、ようやく自分の価値を見出みいだすことができる。そんな相手にお互い初めて出会ったのだ。


「また会えるよね」

「会えるよ、必ず」


「じゃあ・・・・・・行くね」

「うん」


 握り締めた両手を離して、彼女は馬車に乗り込んだ。


 その姿がしだいに遠ざかり見えなくなったとき、私はとうとう両手で顔を覆ってしまった。指の隙間から温かいものがこぼれ落ちていく。


 せっかく我慢していたというのに、惜しむべき別れが多すぎた。




 ◆



 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 たくさんのフォロー、ハート、星、コメント等に励まされて、無事に卒業の日を迎えることができました。


 これから数話を挟んでようやく(?)広い世界で、これまでの感謝に応え、自分のように辛い思いをする人々を救う職に就くことになります。


 引き続きお付き合い頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る