リーベ市防衛戦(二十)

 ハバキア帝国軍ガルバラン将軍、エルトリア北部国境に向けて進発。

 ミハエルさんが帝都から持ち帰った情報の中で、最も重要なものがこれだった。




 エルトリア王国は南北二本の街道のうち、南側から侵攻したハバキア帝国軍をこのリーベ城塞でき止めている。ガルバラン将軍は戦況が膠着こうちゃくした南側ではなく、北側の街道から侵攻するという。

 これについて、リーベ城塞司令官であるカミーユ君は驚いた様子もなく説明してくれた。


「僕がガルバラン将軍でもそうするね。苦戦している南側にわざわざ大軍で押し寄せても意味がない、こちらの戦況が膠着こうちゃくしている間に北から一気に突破した方が良い。今までそれをしなかったのは、季節的に北の街道が雪解けでぬかるんでいたためと、帝国内の情勢が落ち着いていなかったためだろう。少なくともどちらかが解決したんじゃないかな」


 うなずいたミハエルさんが次の情報を披露する。


 現皇帝ゲルハルトの登極に反対していた諸侯はあらかた討滅され、表立って逆らおうとする者はいない。

 だが帝国内の治安は安定せず、併合したばかりの都市国家群も情勢は安定しない。皇帝はいまだ帝都を離れることができない状況だが、それでもエルトリア遠征を行わなければならない事情、少なからぬ増援を送ってでもそれを完遂しなければならない事情があるという。




魔人族ウェネフィクスの存在です」


 皇帝ゲルハルトの下にはいつの頃からか複数の魔人族ウェネフィクスの配下がおり、このリーベ城塞で対峙しているアリフレート将軍、別動隊のガルバラン将軍はともに魔人族ウェネフィクスであるという。


「彼らは魔人族ウェネフィクスが他種族を支配する国を欲しています。ですが当然ながら帝国内でいくら武功を挙げても新たな領地が手に入るわけではない。そこで皇帝は彼らに告げました、自らの手で奪った土地では魔人族ウェネフィクスの支配権を認めよう、と」


「そんな……!」


 馬鹿な、と言いたい。けれど彼らが胸に抱えているであろう懊悩おうのうも理解できなくはない。


 魔人族ウェネフィクスは身体能力、知性、寿命、およそ全ての面で私達人族ヒューメルを上回る。しかし繁殖力にとぼしく絶対数が少ないため、圧倒的多数を占める人族ヒューメルが支配する世界で生きていかねばならない。エルトリアでは亜人種と同等の権利が認められているものの、差別感情は根強く迫害を受けることも少なくない。そのような扱いは彼らにとって屈辱でしかないだろう。


「情報の信憑性しんぴょうせいはどうかな、カチュア」


 会議室の視線が黒髪の捕虜に集まった。カミーユ君は情報の真偽を判断するため、捕虜であるカチュアを同席させていた。ただし質問に答えられなければそれで構わないという条件は、彼女の心身の状態に配慮したものだ。


「帝国内の情勢はおおむねその通りです。ただ皇帝陛下と魔人族ウェネフィクスとの関係、エルトリア遠征に関する事情はお答えできません」


「ありがとう。ではミハエルさんの情報をもとに我が軍の方針を考えよう。意見のある人はいるかな」


 すぐに手を上げる者はいない。私もまだ頭の整理がついていない、なにしろ事が急だし重大すぎる。


「それじゃ、僕の案を出すよ。リーベ城塞は放棄する」


「……!?」




 皆の反応に構わず、カミーユ君は机の上で両手を組み合わせた。


「という選択肢もあると思うんだ、あくまで一つの案としてね。なにしろ王都が陥落してしまえば、いくらこの城塞で勝っていても意味がない。ミハエルさん」


「何です?」


「ミハエルさんは本来帰還すべき王都ではなく、先にこのリーベ城塞に情報をもたらした。つまり王都からの指示を待つ余裕はない、すぐにでも王都の救援に向かってほしい。そう判断したという事ですね?」


「ご明察の通りです」


 ミハエルさんが両手を広げて感嘆した。いつも人を食ったような態度の彼も、カミーユ君の洞察力には素直に感心したようだ。


「それにカイナが帝国に寝返って、こちらの内情を知られてしまった。それをくつがえすためにカチュア、きみに協力してもらいたい事がある」


「……」


「それは無理だよ、司令官」


 カチュアに代わってつい口を挟んでしまった。立場を逆にして見れば、私がロット君やラミカに刃を向けるようなものだ。カチュアだってユーロ侯爵家の騎士達と戦うなどできるわけがない。それに彼女は重傷を負った捕虜だ、私達に協力する理由も指示に従う義務もない。


「ああ、違うんだ。帝国を裏切れとも、帝国兵と戦ってくれとも言わない。でも相手が妖魔のたぐいや、君達をおとしいれた相手だけならどうかな。例えば……」


 カミーユ君がいくつか条件を示すと、カチュアは目を伏せつつもうなずいた。ずいぶんと限定された条件に思えるけれど、そんな状況を作り出すことができるのだろうか。

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