女神の塔(三)

 リラちゃんと名乗った女の子は目を輝かせて私を見上げてくる。薄汚れた顔の中で輝く黒い瞳は、ごみの山に埋もれた宝石を思わせる。体の汚れが心の美しさを隠しきれていない、そんな印象だ。


「おねえさん、よそのひと?」


「うん。どうしてそう思うの?」


「だって、このまちのひとは、みーんなアネシュカさまのことがだいすきだもん。たまによそのひとがきて、おこられちゃうんだ」


「そっか。リラちゃん、お姉さんにアネシュカ様のことを教えてくれない?」


「うん、いいよ!」




 路地の壊れかけた木箱に腰かけて、リラちゃんは女神アネシュカとその教団について教えてくれた。


「ええとね、うんとね、きょーだん?のひとたちがきて、アネシュカさまのことをいっぱいおしえてくれるんだよ」


 知識の量も語彙ごいも乏しく理解するのに時間がかかったが、知る限りの言葉を使って懸命にそれを語る表情は無垢で純真そのものだった。むしろその純真さを利用して情報を得ようとしているこちらが罪の意識を覚えてしまう。


「リラちゃんはずっとこの町に住んでるの?ご家族は?」


「うんとね、アカイアってとこからきたの。おかあさんとね、ムッタとね、ゴンとね、アリンとね、クロといっしょにきたの!」


「その服、素敵だね。神官衣っていうの?」


「えへへ、きょーだん?のひとにもらったんだ。リラね、つぎの『ぎしき』?で、『こーうん』をアネシュカさまにささげるの。リラがそうすると、ムッタも、ゴンも、アリンも、クロも、おなかいっぱいごはんたべて、しあわせになるの。すごいでしょ!」


 リラちゃんの着ている服が教団のものらしき神官衣であることが気になったので尋ねてみると、そのような答えが返ってきた。

 彼女の話では十日に一度、『幸運』を女神アネシュカに捧げる儀式が行われるらしい。捧げられた者は女神の元に召され、その者の『幸運』は塔の頂上から光となって降り注ぐ。それは多額の喜捨をした者ほど多く分け与えられるという……


「ありがとう、リラちゃん。とてもお勉強になったよ」


「よかった!またおしえてあげるね!」


 元気よく立ち上がり、無邪気に手を振るリラちゃん。その姿が路地に消えると私は両の拳を握り締めた。ラミカの湿った手が慰めるように背中に置かれる。


「リラちゃん、いい子だねー」


「うん……」




 あまりに無垢で純真で、明るく優しいあの子が神に捧げられるという。富める者のさらなる成功のため、幾ばくかの金と引き換えに。


 この世界に神というものが実在するかどうかはわからないが、自らをあがめる人々にそのような真似をするものだろうか。もしこれが神の所業だとすれば、私の価値観とは決して相容あいいれない。


 そして地上では、巡見士ルティアの先輩であったミオさんがそれを主導しているという。

 さらにはエリューゼ、貧民街で生まれ育ち、人の不幸を知るはずのあの子が手を貸しているという。私にはそれが信じられなかった。

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