女神の塔(四)

『女神の塔』はサントアエラの町を見下ろす高台にある。


 運命の女神アネシュカを信奉する一団が急速に力をつけているとは聞いていたが、一団体が独自の勢力圏を築きこれほどの建造物を造り上げる力を有しているとは、それだけで警戒に値する。おたずね者であるミオさんの存在が無くてもいずれは問題視されていたことだろう。




 私はこの日、ラミカを町に残して『女神の塔』を訪れた。見上げると首が痛くなるような塔は雲をくという表現そのままにそびえ、サントアエラの町を一望できるどころか、遠くに『大樹海』を見渡すことができるほどの高さがあるだろう。


「ミオ様がお会いになるそうです。どうぞ中へ」


 役職名を告げず名前だけを伝えたのが功を奏したか、アネシュカ教団の最高幹部であるというミオさんへの面会はすぐにかなった。


 塔の内部は白い花崗岩かこうがんで統一され、柱の一つ一つにまで装飾が施されている。やがて通された応接室には大きな硝子ガラス窓がめ込まれ、明るい室内に赤い絨毯じゅうたんが映える。内装も調度も立派なもので、家具にはそこかしこに女神アネシュカの紋章が刻まれている。




「お久しぶりね、ユイ。お化粧は上達したようね」


「おかげさまで。ミオさんにもお変わりなく」


「こちらは教団魔術師のエリューゼ。お知り合いなんですって?」


「ええ。久しぶりだね、エリューゼ」


「……」


 ミオさんは確か三十路に達したはずだが相変わらずの美貌、それも年齢不詳の妖艶さをたたえてますます怪しげな魅力を放っている……とは言い過ぎだろうか。

 エリューゼの方もそれほど姿形が変わったようには見えない。私よりも一回り小さい子供のような体躯、白金色の髪は艶やかにかれているが、伏せ気味の顔からその表情はうかがい知れない。


「どう、フェリオとはうまくいってるの?」


「特には。職務上ご一緒したことはありますが、それ以上の事はありません」


 巡見士ルティアになったばかりの頃はミオさんの美貌に圧倒されていた私だが、様々に経験を積んで図太くなってきたのか、今さらこの程度の牽制でひるむものではない。


 いくつか他愛のない世間話を交わした後、微笑を崩さないミオさんに本題を告げる。エルトリア王国がアネシュカ教団を危険視していること、宝玉『女神の涙』の返還と元巡見士ルティアミオ・フェブラリーの出頭を求めること。出頭すれば王都で裁判を受けることができる、悪いようにはしないから私に従ってほしい、と。


「ふうん、ずいぶんとつまらない用事で来たのね。私が受けると思って?」


「そこを説得するのが私の役目です。これを拒否した場合ミオさんは反逆罪に問われ、領土を不法に占拠するアネシュカ教団に対しては武力を用いることも想定されます」


「そう、わざわざ遠くまでご苦労様。そんな事より蜂蜜酒ミードでもいかが?体が温まって、お肌にも良くってよ」




 こちらは旧知のミオさんに最大限の配慮をしているというのに、彼女の方はまるで相手にしていない。美貌に浮かぶ完璧な微笑の下に小馬鹿にした冷笑が透けて見えるようだ、いずれにしても私は少々苛立いらだってしまったかもしれない。


「お言葉ですがミオさん、ご自分の立場をお分かりですか?」


「その言葉、そのままお返しするわ。貴女あなたこそこの状況を理解していて?」


「どういう意味ですか」


「あら。貴女あなたはもう少し賢い子かと思っていたけれど、買いかぶっていたかしら?」


 言葉の意味や会話の流れが理解できない訳ではない、分からないのは彼女の意図だ。国に逆らい、私を挑発して何の益があるというのか。


「ねえユイ。私を脅しているつもりみたいだけれど、それは貴女あなた自身の力?」


「脅してはいませんし、思い上がるつもりもありません。国法を根拠にした説得です」


「その国法っていうのが勘違いの元よ。国だから、法律だから正しいという事にはならないわ」


「承知しています。国も法律も、そこに住む人々がより良く生きるためのものと認識しています」


「模範解答ね、良い子ちゃん。子供の頃はずいぶん苦労したと聞いているけれど、国や法律は助けてくれたかしら?」


「……」


 私は両親に虐待されて過酷な幼少期を過ごした。ミオさんがそれを知っているのは意外だったけれど、エルトリア王国の巡見士ルティアであった以上、情報収集にけているのは当然だ。


「勘違いしないでね。可愛い後輩ちゃんを問い詰める気も、法律について議論する気もないの。ただ知っておいてほしいのよ、私のことを」




 そして語り始めたミオさんの過去は、私にとっても意外なものだった。

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