それぞれの決着(三)

 民族衣装、旅服、夜着、様々な衣服を身に着け、荷物を背負った等身大の木人形ペルチェ。それらの破片が散乱する中、赤毛の魔術師が姿を現した。


 ただでさえ狭く入り組んだ裏町の街路。乱雑に積み上げられた木箱や樽、増改築を繰り返した建物、軒先に吊るされた古い看板、カーテンの隙間から放たれる複数の視線。どこに何が潜んでいるかわからないこの状況だ、周囲を警戒するように慎重に歩を進めてくるのも無理はない。


 やがて魔術師は目的の物を探し当てたようだ。薄緑色の外套ケープを羽織り、細月刀セレーネを手にしたを見下ろして哄笑する。




「ははははは!無様ぶざまな末路だ、身に過ぎたものを望むからこうなる!」


 両手を広げ二度、三度と頭を振る。相変わらずの芝居がかった所作だ。


「せっかくの二度目の人生を終えた気分はどうだ?最も嫌う者に未来を断たれた気分は」


だが。を足で転がした途端、フレッソの表情が凍り付いた。それは私の死体で

はなく、髪色と背格好の似た人形兵ペルチェの残骸だったから。


「それは貴方あなたがこれから味わうんです!」


 身長の三倍ほどの高さから飛び降り、【落下制御フォーリングコントロール】の魔術で急停止すると同時に赤毛の側頭部を蹴り飛ばす。

 宙返りで地面に降り立った時、フレッソは人形兵ペルチェの破片とともに木箱に激しく打ちつけられ、新たな木片を散乱させてうめいていた。




 四方から人形兵ペルチェが殺到したあの時、私は咄嗟とっさに作り出した【色彩球カラーボール】を足場にして宙に逃れていた。

 折り重なる人形兵ペルチェを上空から魔術で一方的に破壊した後、背格好の似た人形兵ペルチェ外套ケープを被せて細月刀セレーネを握らせ、建物の二階に取り付けられた看板の上で身を潜めていたのだ。


 濃霧に閉ざされ、遮蔽物しゃへいぶつが多く複数の気配がする狭い街路という地の利は、今度は私に味方した。私の死体を見下ろしていたはずの男は今、本物の私に見下ろされている。


「ユイ・レックハルト、俺をれるのか?言っただろう、俺とお前は……」


「私はあなたを斬らなかったことを後悔してる。リゼルちゃん、人形兵ペルチェにされた人達、そのせいでたくさんの人が不幸になった」


 私はフレッソに全てを語らせなかった。もはや前世のことも、【転生リーンカネーション】の魔術も、この男と私の因縁も、大した問題ではない。これ以上の不幸を生まないこと、将来の禍根を断つことが全てだ。

剣の舞セイバーダンス】の魔術でこの手に戻って来た細月刀セレーネを握り直し、正眼に構える。




「俺は、俺は、俺は終わらんぞ!誰も彼も踏みつけて思うままに生きる!貴様などに邪魔はさせん!」


貴方あなたはどうして!踏みつけられる痛みを知っているくせに!」


 フレッソの魔力は最期まで私を上回っていた。彼は決して口と顔だけの男ではない、積み上げた努力に相応ふさわしい確かな実力を有している。だが。


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 互いの全てを込めた白い光の束が正面から相打ち、目もくらむほどの光の欠片が裏町の路地を満たす。やや押された私が光の飛沫を浴びて軍衣が破れ、皮膚が裂け、顔に鮮血が散る。




 最後に勝敗を分けたのは、それぞれの生き方だった。


 私の手には親友から授かった細月刀セレーネがあり、彼の手には何も無かった。大切に思える人達と出会えたか出会えなかったか、それだけの、だが決定的な差。


「待て!俺を殺せば【転生リーンカネーション】の秘術は……」


 だが。後悔を深く心に刻んでいた私は、今度こそ選択を誤らなかった。動揺を誘う言葉に心を乱すことはせず、愛刀を握り直して真横に一閃。


貴方あなたには共感できない、同情もしない。でも……今度はせめて安らかに」




 フレッソ・カーシュナー。


 二度目の人生を謳歌おうかせんと、その美貌と魔術で数多あまたの不幸を生み出した魔術師は、異国の地で首の無いむくろとなった。

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